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第1回より 竹雄部屋の襖の怪
初版2010.5.7
話の本筋ではないが、今回の執筆にあたり筆者は、第1回のオープニングシーンに隠されていた「竹雄部屋の襖の怪」を発見し、撮影後、ベストを求めて編集段階でシーンを入れ替えたスタッフの執念を垣間見た。
第1回シーン2のつばさのお便りによる家族紹介は千代、竹雄、知秋と年長順で、つばさが駆け回る順番(知秋、千代、竹雄)とは違う。ちなみにノベライズ本では、お便りどおりの順番である。
このシーンをよく見ると、つばさが知秋の手を引いて2階から1階へ階段を下りるとき、階段を上がってすぐの竹雄の部屋の左の襖がすでに開いているが、その後つばさが階段を上がって竹雄を起こしに行くとき、開いていたはずの竹雄の部屋の襖はなぜか閉まっていて、つばさが左の襖を開けて部屋に入っている。竹雄の部屋の襖は勝手に閉まる怪談になってしまっているのである。
恐らく台本も、お便りの読み上げと同じく千代、竹雄、知秋の順番になっていて、つばさは手ぶらで台所から茶の間、帳場を通って、千代に「お祖母ちゃん、大変なの」と伝え、店舗の神棚にてを合わせてから、階段を上がって襖を開けて竹雄の部屋へ入り竹雄を起こし、そのあとに自分の部屋からラジオを持ちだし、知秋を引っぱって襖の開いた竹雄の部屋の前を通って1階へ降りるという演出で撮影したと考えれば、竹雄の部屋の襖の辻褄が合う。
しかし、お便りの紹介と同じく年長の順に予定調和的に知らせて回るなら、赤い小型ラジオの前に集合したほうが自然で、ラジオの男である古いラジオをあとから持ってくるのはわざとらしい感じである。あえて古いラジオを持ってくるという不自然なことをするのだから、まずはラジオのある自分の部屋へ行ったほうが、そのラジオが特殊なラジオであるというインパクトがあるし、お便りの読み上げという限られた時間の間に、茶の間にラジオを置いてから引き返して千代を呼んだり、2階の竹雄と知秋をいっぺんに片付けずに、1回余計に1階と2階を昇り降りする絵にすることで、慌てて普通でない様子を表すには、かえっていいかもしれない。
そのような判断で、最後の編集の段階で台本とは順番を入れ替えたのではないだろうか。順番を替えたことで、竹雄の部屋の襖の怪が生じてしまうが、普通に視聴している限り、そんなことに気づかれることはないだろうし、気づかれたら気づかれたで、「竹雄の部屋は出るんです」とでもネタにしてしまえというノリでこうしたのだろう。茶の間から店舗に駆けてくるつばさの背景にラジオはないが、ちょうどつばさに重なって見えないと解釈できるアングルになっているので、こちらは問題なし。知秋が茶の間に映っていないのも、映る角度に入っていないと説明可能である。
放映時点で、お便りの家族紹介と映像に映る家族の順番が合わないのが気にはなっていたのだが、今回の記事作成にあたってDVDを見直すすことで、竹雄部屋の襖の怪に気づき、このように推論した次第である。
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Edited: 5月 7th, 2010
第1回 怒涛の15分間、パーフェクトな滑り出し―第1週 ハタチのおかんとホーローの母
つかみの回として非常に良く練られた第1回は密度が濃く、何度見ても飽きない。テンポ良く人物紹介をしながら、つばさの微妙な心情や、今後の展開の様々な伏線が張りめぐらされていくため、ワンシーン、ワンシーン、台詞の一つ一つに意味があり、てんこ盛りでありながら、無駄なものは感じさせない。そのことは見返せば見返すほど伝わってくる。完成度の高さは全156回中トップクラスで、文句のつけようがない仕上がりである。
初版2010.5.7、最新改訂版(アバンタイトル、走るシーンのメッセージ、面接と面談の言い間違い、加乃子の寅さんカバンなどを加筆)2010.5.29
2010.5.24
シーン別徹底解説
シーン1:台所(2008年10月16日朝5時)
ドラマ『つばさ』のオープニングは、NHKの朝の連ドラとしては意表を突いて、テーマソング前にドラマが始まるアバンタイトル。これまでの朝ドラとは違うものをやろうという制作陣の鮮烈な所信表明のようなスタートである(2009.12.5オフ会後の正真正銘オフトークにて、西谷CDは第1回のアバンタイトルは狙ってやった旨を語っていた)。視聴者が間違えないようにという配慮か、画面右下に「連続テレビ小説」の字幕が入っている。
台所へ軽やかにタタタッと駆けてきたつばさがテーブルの赤いラジオのスイッチを入れ、朝食の準備を始める。背景には鳥の声。台所には水栽培の青物が目立つ。つばさが流しの正面の窓を開けると、外はすでに明るく、気持ちのいい朝という雰囲気を醸しだす。
ドラマ第一声は何と「ベッカム一郎の朝イチ豪快シュートーッ! 時刻は午前5時をまわりました」のラジオ音声。つばさが毎朝5時(第3回によれば目覚ましのためのラジオのタイマーのセットは4時50分)には起きて、朝食の準備をすることを伝えている。つばさの初台詞はその直後の「はい、はい、おはようございます」である。
つばさが冷蔵庫から取り出した小皿にはキャベツの葉を小さくちぎって重ねてあり、前日のうちに朝食の準備もしているしっかりした主婦ぶりがわかる。後姿のつばさがキャベツを刻む音がリズムよく響く。このドラマのために料理を習わせてもらった多部ちゃんだが、実際に千切りにしている手先のシーンはアングルがいったん変わっている。果たして吹き替えなのか、本人なのか。
つばさよりも先にドラマで最初にフォーカスされる赤い小型ラジオ。ラジオがこのドラマの重要なアイテムであることを暗示している。この赤ラジオは台所の窓際にぶらさがっているのが映る回もあるが、第5週、第10週、第16週などつばさのラジオ放送を玉木家の面々が聴くときに使われるだけでなく、第21週では家出した竹雄が持っていき、上野の安宿でベッカムのラジオ放送を聴く。ドラマのキーアイテムの一つである。
台所のつばさは後姿や横顔しか映さず、ラジオのベッカムのトークへの合いの手で話す声も背景音のようで、ヒロインをいつ正面からじっくり映すのかと、視聴者をじらす。ようやく開始24秒でベッカムの「川越市にお住まいのラジオネーム二十歳のおかんさん」からのお便り紹介に耳がアップで写り、直後にハッと顔を上げ、「エッ」と目を大きく見開いた驚き顔が、つばさの最初の顔見せである。
普通の表情ではなく、感情がこもって印象的でインパクトのあるサービス満点のいい表情をヒロインの最初の顔見せにもってくるところが、このドラマらしい。多部ちゃんの爆発的な魅力を使える場面では、それを存分に使おうという意図も伺える。つばさが顔を上げて驚くのに合わせて、ホイッスルが鳴り響き『太陽の街、川越』が始まるのも効果的(タイトルソング直前まで)。
夏の朝5時のような明るさについて
ちなみに埼玉の10月中旬の日の出時刻は5時50分頃(国立天文台HPによる)なので、朝5時なら外は暗いはずだが、つばさが開けた窓からの日差しは明らかに日の出から少し時間がたっていて、夏の朝を思わせる明るさである(国立天文台HPによれば、埼玉で最も日の出が早いのは6月半ばの4時半少し前)。
和菓子屋の仕込みの時間からすれば朝5時には動き出していないといけないのだろうが、だからといって日の出前をリアルに再現して外を夜のように暗くしてしまうと、家族と職人の朝食の準備が、朝も暗いうちからやっているという『おしん』のような暗いイメージがメインに伝わってしまいかねない。シーン8でわかるように、つばさは朝食の準備を楽しく、明るい幸せな気持ちでしている。そうしたつばさの心象風景を表すには、朝5時でも外は明るくなければならない。
そう、後藤CPがスタッフブログ(更新運動実施中その12)やオフ会等で語っているように「設定や状況にウソはついても、登場人物の心情にウソがないドラマ」なのである。そして、つばさの明るすぎる主婦ぶりの不自然さが、無理を抑えこんだ反動であることがだんだんわかってくるという仕掛けになっている。
シーン2:玉木家(同日早朝) 0分31秒~
ラジオで自分のお便りが読まれることを家族に知らせようと、つばさが慌てて台所から2階のつばさの部屋へ駆けて行き、古いラジオを左脇に抱えて、向かいの知秋の部屋へ入り、シャツを捜す知秋の手を引いて1階へ降りる。知秋の部屋の戸を開けたつばさは一瞬獲物を狙う動物のような構えのように見え、多部ちゃんの運動神経の良さが表れている。
つばさは茶の間にラジオを置いたのか何も持たずに、柱に両手をかけてリズミカルに勢いよく茶の間から次の間、帳場を駆け抜けて店舗へ出て、神棚に灯明を上げて手を合わせる千代に「お祖母ちゃん、大変なの」と声をかけるが、「お参りの最中ですよ」と千代に諭され、神妙に神棚に手を合わせる。間をおいてから再びハッと目を見開いてまた2階へ駆け上がり、階段を上がってすぐの竹雄の部屋へ入って竹雄の布団をはぎとって起こす。忙しく軽やかにトントントントンッと足音を立てて駆け回るつばさが実に躍動的でテンポが良い。
この一連のシーンでは、撮影後、つばさが家族のもとを駆け回る順番を編集段階で替えたことが伺える痕跡が残っている。この件の考察は別立ての記事にしたので、そちらを参照されたい。
家族の部屋を一とおり見せることで、いろいろなことが読み取れる。つばさの部屋にはベッドがなく、布団で寝ているであろうことがわかるが、第3回は実際につばさが布団から起きだすシーンで始まる。また、つばさが神棚にお参りをしている間に、急いで家族を呼び寄せる用事すら一瞬忘れてしまう天然キャラ的な要素がありそうなことを伺わせる。
つばさが知秋の着替えのシャツも洗濯してからたたんで知秋の部屋に置いてあげていることや、千代の神棚への御灯明など毎朝の玉木家の習慣も紹介されている。知秋の白地に赤と青と黄の水玉模様のパジャマは知秋の幼さをそこはかとなくイメージさせる。知秋の部屋にはサーフィンが趣味の冨浦君のためのような波のポスターが掛けてある。
竹雄は加乃子の殺虫剤のCMのホーロー看板を抱えて寝ているところを「見た?」と、つばさに聞くが、毎晩抱き寝しているのなら、これまでに見られたことがないほうが不自然であろう。ここは初回の視聴者向けの説明ということで、許容範囲のサクラ的な台詞ととらえることとしよう。殺虫剤の「シュッ」から「シュッ役は私」と「主役は私」をかけ、週タイトルで「放浪」と「ホーロー」をかけた加乃子のホーロー看板が、ここで登場している。この場面で竹雄の「見た?」に答えるつばさの「見るんじゃなくて、聞いてほしいの」が初ギャグになっている。
つばさが駆け回るのに合わせて、つばさの声で甘玉堂と玉木家の家族を紹介するお便りが読み上げられる。ここはベッカム一郎ではなくヒロインの声でないと、ヒロインの存在感がないので自然な切り替えである。書き言葉であるせいもあるが、つばさがラジオのパーソナリティとして読んでいるとも聴こえる感じになっていて、つばさの今後を暗示しているともとれる。
つばさのお便り:おはようございます。今朝は私の家と家族を紹介します。私の家は埼玉の川越にある江戸時代*から代々続く甘玉堂という和菓子屋です。その店を女将として切り盛りしているのが私の祖母。大勢の職人さんを使って昔ながらの美味しい和菓子をつくっている職人の親方が、私の父です。5歳年下で中学3年生の弟が一人。祖母、父、弟、それに私を加えた4人が我が家のメンバーです。でも本当は、...(シュッ)もう一人、母がいるのですが、今は訳があってウチにはいません。その話は長くなるので今日は書きません。そんな我が家の自慢は美味しい手づくりの和菓子です。川越にお出での際は甘玉堂に是非お越しください。
*第2週第12回の語りによれば甘玉堂は創業180年を誇る老舗とのこと。ドラマの設定の2008年を基点にすれば1828年(文政11年)、江戸幕府は第11代将軍徳川家斉の時代である。ちなみに川越の和菓子屋、亀屋は1783年(天明3年)創業である。
つばさが家の中を駆け回るシーンの撮影について
つばさが家の中を駆け回る姿は勢いがあり、ひとつながりの撮影のように見えるが、1階と2階は別セットである。特に旧甘玉堂1階は105スタジオ全体を占めていたので、これを撤去したあとに2階のシーンを撮影したはずであり、1階のシーンと2階のシーンの撮影は2週間程度の間が空いていることになる。つばさに駆け足で1階と2階を往復させ、それでも1階と2階のシーンの勢いがつながっているように、わざわざ難しい撮影にしている。
また同じ階のシーンであっても部屋を移動していくところはカメラの位置を変えなければ撮れないので、リハーサルを含めると数時間ほど置いての撮影になるらしい(2009年8月29日講演会にて)。
よく見ると、ラジオを小脇に抱えたつばさが走って自分の部屋を出る場面は、部屋の中からの撮影では扉に手をかけずに廊下に出て、身体を小さくするようにしていったん止まってから右に曲がっているが、そのあとに映る廊下からの撮影では、少しだけ時間が元に戻って、部屋から廊下に出るときに右手を扉にかけることで、止まることなく右へ方向転換している。若干の齟齬があるが、そこまでは演出を揃えきれなかったのであろう。もちろん、この程度は揃っていなくてもご愛嬌である。このあたりのつばさの身のこなしの良さはとても気持ちよい。
走るシーンが与えるメッセージ
映画やドラマで登場人物が走るシーンでは、全力で走る役者の走りっぷりがいいと、緊迫感に加えて、肉体の躍動感、ひいては生きていることへの賛美が伝わってくる。これまでの出演作品でも何度も見せた「多部走り」で知られるように、短距離走が得意だったという多部ちゃんの走りっぷりは言うことがなく、『つばさ』の中でも何度か走るシーンが出てくるが(第3週第18回の安比奈線での周波数探しのあとは特に焦眉、他にも第8週第48回の過去の自分と優花を重ねて、真瀬を励ましにぽてとへ急ぐシーンなど)、第1回の冒頭に家の中を走る速度としては目いっぱいの速さで走らせているこのシーンも、『つばさ』というドラマが目いっぱい全力で振り切れたドラマであることを伝える躍動感溢れる名シーンである。
シーン3:茶の間(同日早朝) 1分19秒~
つばさが茶の間の畳に置いた古いラジオのコンセントをつなぎ、ラジオを食卓に置いてスイッチを入れアンテナを伸ばし、家族揃ってつばさのお便りを聴く。竹雄と知秋は、2階から降りてきたばかりなのでパジャマ姿のまま。
つばさが読み上げる家族紹介の「長くなるので今日は書かない」母のところで、つばさの声で「シュッ」が初めて使われ、竹雄の洋服タンスの扉の裏の加乃子のネグリジェ姿の縦長のポスターと枕に寝かせたホーロー看板の「シュッ役は私!」がアップで映る。カーテンを閉じているため薄暗い竹雄の部屋だが、なぜかホーロー看板の加乃子の顔のところにスポットライトが当たっている。こうした現実的でなく、心象風景を表した照明は『つばさ』では随所に出てくる。
お便り紹介は最後はベッカムの声に戻り、甘玉堂を宣伝したつばさのお便りにベッカムの「和菓子いいですね~。僕もみたらし団子大好きでねぇ」という一言が入っているのは、第15週でつばさが毎日持っていく竹雄の和菓子を喜ぶ伏線になっている。
ラジオを聴く家族4人の背景で通り土間をトロッコとともに左から右(倉庫から作業場)に移動する4人の職人が映り、トロッコが初お目見え。実は1人目の職人(三国)がトロッコをバックしながら引き、2人目(岡野)はトロッコに座り、3人目(久保)はトロッコを押し、4人目(倉田)が肝心の荷物(上新粉か何か)を手で運んでいて、実はトロッコを荷物運搬に使っていない。しかも4人の職人はすぐにそのままバックして戻ってきて、ラジオの前の玉木家の4人を野次馬のように眺めている。このおちゃらけは、登場シーンが決して多くない4人の職人の顔見世ということだろう。
玉木家の茶の間は、障子全開、その先のガラス戸も全開で、通り土間が丸見えで、知り合いも簡単に出入りする。茶の間の手前側は視聴者のために開け、向こう側はドラマ世界の住人のために開放されている。西谷CDによれば「開放感」はこのドラマの一つのテーマであり(2009年12月5日オフ会にて)、こうした開放感は第2週以降の新玉木家の茶の間も同様であり、ドラマで随所に見られる。
真面目に見ると、玉木家の面々が放送を聴けたのは、最後の加乃子についての一言と甘玉堂の宣伝だけである。また真空管ラジオはドラマのようにすぐにはつかないらしい。あえて、このように見せていることから、このドラマはリアリティはそんなに気にしないでよいというメッセージが発せられているともとれる。
ここまでのテンポのいい展開は、朝ドラでは最初にあるはずのタイトルソングがかかっていなことさえ忘れさせる。そこに、つばさのエコーたっぷりの「今日もいいことありそう!」で、忘れていたタイトルソングが来るぞと視聴者をハッと気づかせ、『愛の季節』へ。「今日もいいことありそう」は、第101回で玉木家の4人が巨大折り紙のかぶとをかぶって、つばさを元気づけるシーンで千代が真似をして言う言葉である。
テーマソング『愛の季節』 2分02秒~
ドラマの内容をしっかり暗示している内容のテーマソング『愛の季節』は、ゆるめの笑い満載の演出とは違って、透明感とともに緊張感に溢れている。ドラマの進行とともに重たいシーンで始まる回も増えていったが、『愛の季節』の緊張感の余韻は、そんなシーンにもスッと気持ちが寄り添えるような効果があり、ドラマと一体化していた。
放映前からタイトルバックは「多部未華子と玉木つばさの中間」という注文で佐内正史氏が川越市内で撮影したスチル写真であることはガイドブックなどで告知済みであったが、これも朝ドラとしては珍しい(Wikipediaによれば6年ぶり)。川越の名所ではなく、何気ない場所での、何気ないしぐさの20枚の写真(一部は風景のみ、火曜~土曜は16枚)は素晴らしく、非常に斬新。ヒロイン多部未華子の力をスタッフが信頼しきっていることも伝わる。
シーン4:ドラマと川越、甘玉堂の紹介 3分32秒~
鐘の音が一つ響き、BGMの『元気な甘玉堂』が始まり(シーン8途中の5分7秒まで続く)、甘玉堂の屋根(撮影は川越まつり会館の屋根)で白いドレスのつばさが立ち上がると、イッセー尾形の語りの第一声が「この物語はつばさが人々に笑顔を幸せを配達するちょっと夢のようなお話であります」とドラマの紹介をする。これは、『つばさ』というドラマが描くのが、夢のようにいいお話というだけでなく、ドラマ全体をリアリティにこだわらずにファンタジーとして見てほしいというメッセージともとれる。
白い靴のつばさの足元が映り、(両脇をスタッフに抱えられて)アップの両足が真上にゆっくりと持ち上がって、つばさが飛び立つと、このドラマのファンタジー的な味わいを体現したようなジオラマの川越の街の上をCG合成のマンガチックな羽根をはばたかせて、つばさが天使のように飛んでいく。背景の効果音は鳥の鳴き声となぜか飛行機のような無機質な推進音。
DVD-BOX IIIの特典映像の後藤・西谷対談で西谷CDが語るように、最初はヘリコプターで空撮した川越の街とつばさを合成した映像にするつもりだったのを、そんなありきたりのことをするなと言われて発奮して、ジオラマというアイディアにいたったことが、結果的には、空撮では決して出せないこのドラマの質感を表すことにつながっている名シーンである。
つばさの横をやはりマンガチックな青い鳥と赤い鳥が並んで飛び、『ちりとてちん』のオープニングとの類似も匂わすが、いちど親鳥から離れた小鳥が戻ってきて一緒に飛ぶ『ちりとてちん』では、「お母ちゃんみたいになりたくない」と親元を離れて、最後に「お母ちゃんみたいになりたい」と悟った「清美」と「お母ちゃん」の物語を示唆していたのに対して、終始仲良く飛ぶ2羽の鳥は、「つばさ」と「加乃子」をそのまま表してはいないであろう。
蔵づくりの街並みを中心に小江戸川越の紹介。時の鐘の上につばさが白いドレスで立つ姿を合成。最終回ではつばさがカジュアルだが垢抜けた衣装で時の鐘の上に立つ合成シーンを再現。第1回のやや子供っぽい表情と最終回のすっかり大人の女性になった表情への成長と変貌ぶりは焦眉である。メイクもそういう効果を狙っているが、女優多部未華子の二十歳の一年の重みも伝えている。
シーン5:店舗(同日朝)4分27秒~
甘玉堂の店舗外(ロケシーン)をほうきで掃いていた千代が店に入ると、甘玉堂の看板(江戸時代から続く老舗だが、「堂玉甘」ではなく現代風に左から右への横書き)を見せたあと店舗内のセットのシーンに自然につながって、千代が「一意専心」の看板を上から下にスーッと毎朝のおつとめのように拭く。第2週の甘玉堂移転にあたってキーワードとなる「一意専心」を印象づける伏線となっている。
シーン6:作業場(同日朝) 4分42秒~
竹雄と4人の職人たちが働いている。竹雄が職人(三国)の小豆の味見をして煮加減にOKを出す。小豆の煮加減は移転後の第3週の伏線になっている他、第26週などにも出てくる。
シーン7:茶の間(同日朝) 4分52秒~
食卓にはシーン3のままラジオが置かれ、その横には大根おろしを添えた卵焼きの皿、背景の台所には鼻歌まじりで朝食の準備をするつばさ。語りが自分の正体はそのラジオであることを明かし、(シーン8にまたがって)つばさとは10年来のつき合いで何でも話せる相談相手であり、今後、思わぬ姿(つまり「ラジオの男」)で登場するつもりと予告。
シーン8:台所(同日朝) 5分1秒~
つばさが家族と職人の朝食と自分の弁当の準備をしている。背景には鳥の声に鍋のグツグツの効果音、炊飯器のフタを開けるとジャーッといかにも粒立ちよくご飯が炊き上がりましたと言わんばかりのベタな効果音。NHKの番組でありながら、炊飯器の横に置いたフリーザーバッグのZiplocの商標がバッチリ映っている。
つばさが「ご飯はOK」と幸せそうにご飯をしゃもじでかき混ぜ、味噌汁を味見して「お出しはいい感じ」と言うくだりは、第2回で千代と加乃子の喧嘩に売り言葉と買い言葉に対して、「この家にいて幸せ」と言い、ご飯の粒立ちや味噌汁のだしがうまく取れたことを例に挙げることの伏線になっている。
この場面でつばさは、味噌汁をのことを「次はおつゆ」と言うが、「味噌汁=おつゆ」は北海道の方言との説もある。埼玉、川越でも標準なのだろうか?(埼玉県人のももちゃさんは「しっくりくる」とブログにて表明。)
「彩りが足りないな」と言って「青いもの、青いもの」と水栽培の葉っぱをちぎって味噌汁に入れるシーンは、第3回で残った葉っぱを捨ててしまう加乃子を怒る伏線になっている。
制服に着替えてあとからやってきた知秋が、つばさの弁当に手を出して叱られたり、給食まで我慢できないから弁当をつくってほしいとせがむなど、知秋の子供っぽい様子とつばさとの関係を暗示。背景には鳥の声も。
シーン9:茶の間(時の鐘が鳴るので同日朝6時頃か) 5分49秒~
時の鐘が一つ鳴り、千代の「いただきます」に続けて竹雄、つばさ、知秋が声を合わせての「いただきます」で朝食。食卓の左辺につばさ、正面は左から空席、千代、竹雄(作業衣)、右辺に知秋。茶碗がひときわ大きいのは知秋。食卓を映した正面上方には「一意専心」の額。放映時に、横書きが右から左でないことを誤りと指摘する視聴者の声があったとのことであるが、読みやすさを優先して左から右の横書きにしたとのこと(2009年8月29日講演会にて)。
つばさの「いっけなーい、録音をしておけば良かった」のいきなりの大声に千代の机叩き、初お目見え。ちなみに「ラジオの録音」という台詞は第30回の試験放送や第15週のベッカムとの共演でも出てくる。ちなみに玉木家にあるラジオの録音が可能そうな機材として画面に出たものは、冒頭シーンで知秋の部屋にあったMDコンポである(このMDコンポは第31回でもチラと映り、第42回ではラジオぽてとの開局記念特番を知秋が聴くのに使っている。一意専心掲示板のもも茶さん指摘による)。
背景の鳥の声、二つめの時の鐘、車や自転車の音の中、家族の会話が進む。川越祭も近いし、お便りが店の宣伝になったと喜ぶ微笑ましさは、店の経営が順調というわけではないことを感じさせる。ラジオネームがなぜ「おかん」と関西弁なのかという知秋の発言は、中学生の頃から「おかん」と呼ばれていたというからには、ここで聞くのは不自然な会話であるが、初回の視聴者向けのサクラ的台詞であろう。
「おかん」を説明するつばさに竹雄が「それだけ頼りになるって意味だよね」と微笑むと、「確かに私はこの家の主婦だし、おかんみたいなもんなんだから」と得意げ。千代に卒業後のことを聞かれたつばさが「このままウチで主婦をやる」宣言。店の役に立てばと短大で製菓衛生士の資格をとったこと、千代がつばさに店を継いでもらってほしいと思っていること、千代が加乃子の不在を悪し様に言うことが示される。
『夕焼けの川越』をトホホな調子にアレンジしたリコーダー風のBGM(このあとも何回も使われる)が始まり(7分7秒から次のシーン10途中まで)、「この家にはシュッがいない」と加乃子を罵る千代に、空気が悪くなり、3人は固まったような表情に。→ 後藤CPまたは住友さん、お読みでしたらトホホBGMの曲名を教えてください!
このまま家で主婦を続けさせたのでいいのか心配する竹雄に対して、脳天気なほどそのことにまったく疑いのないつばさの態度は、決意の固さよりも、かえって過去も未来も主婦であり続けることを疑ったり、悩んだりすることから逃げている様子を伺わせる。それが、このあと出てくる第1回の隠れたキーワードである10年の「無理」の裏返しであることが徐々に明らかになっていく。
玉木家食卓の空席について
食卓の不自然な空席は、加乃子のために空けてあることを伺わせる。第2回では、甘玉の大量注文でお預けになっていた玉木家の夕食の食卓のこの空席に、スッと加乃子が入ってくる。加乃子は第6回で、帰ってから3日後の朝食でこの位置に座るが、第3回で帰ってきた翌日には夕食をつくろうとするので、おそらくこの日には食卓に収まっているのであろう。
一意専心掲示板でNoriさんが指摘するように、第1回の空きスペースは不自然なほど広く、千代と竹雄は窮屈そうであるが、第2回では常識的な空き方であり、第3回の帰宅翌朝のシーンでは更に狭くなっている
子供を捨てて家を出た加乃子が、何のお咎めもなく玉木家に受け入れられたような扱いが納得できないという違和感による批判の声もあったが、加乃子に否定的な千代も含めて加乃子をいつか帰ってくる存在として気にかけていることを表しているのだろう。シーン15の竹雄の仕草でも、この空席が加乃子の場所であったことを伺わせる。
シーン10:つばさの短大の食堂(ロケ地は尚美短期大学)(同日昼)7分16秒~
彩明学園大学/彩明学園短期大学の校門を映してから、食堂へ。製菓実習が長びいたつばさを万里が待っている。万里初登場。万里の出版社内定を喜び、つばさが実習でつくったばかりの芋羊羹で乾杯をして祝う。つばさの芋羊羹を「美味しい」とほおばる2人。つばさの料理上手(料理慣れ)を伺わせる。芋羊羹一切れを仲良く2つに分けて食べる様子が、2人の親密さを表している。このあと何度か出てくる2つに割った甘玉に通じるものがあるとの指摘もある(一意専心掲示板にて南犬塚のまあさんより)。
万里に卒業後の進路を聞かれたつばさは「主婦」と答え、「今と変わらない」との切り返しに、「短大行かなくなるから専業主婦」と調子っぱずれな台詞を半クエの語尾で、いかにも気の利いたことを言ったというような表情で言うのが可笑しい(8分0秒のここでトホホBGMの音量が上がりスパッと終わった感じに)。玉木家の食卓に続いて、幼なじみで親友の万里にも、卒業後は「おかんになる」宣言をして、第3回で翔太に卒業後のことを口ごもってしまうこととの対比となる。
隣のテーブルで汁をこぼした学生たちが立ち去るのを見て、つばさがテーブルを布巾で拭くのは、第19回の佐知江の食堂で、後から入ってきた客のテーブルを拭く伏線となっている。万里の「つばさはホントにいいおかんだよ」で、つばさは自分のことよりも他人のことを優先するおかん的振舞が日常であろうことを台詞で説明。「おかんっぽさ」を言葉でなくシーンで納得させろという批判もあるかもしれないが、つばさの「おかんっぽさ」の微妙さ加減が、ドラマのポイントでもあるので、誰もがストンと同じように納得してしまうような見せ方は避けて、解釈に幅をもたせることを狙ったのではないか。
「おかんがあたしの天職」「未来の夢は甘玉堂の女将かな」に「夢がない」と言われ、「欲がないって言ってくれる?」という願望を込めた台詞は、つばさが無意識に夢を封じ込めていることを示唆しているようにも聞こえる。
昼休み終了(または13時か)を告げるチャイムに「こうしちゃいられない」と慌てるつばさ。次のシーンの父兄面談への遅刻につながる。
シーン11:知秋の中学校(ロケ地は砂中学校)(同日午後)8分32秒~
つばさは青と白のチェックの長袖シャツにジーンズという父兄面談の保護者としてはラフな服装で駆けつける。次の番の親子は既に廊下の椅子に座って待機しており、遅れて待たせていることを詫びるように一礼をしてから教室に入る。知秋のクラスは3年1組である。
担任の先生に向かって「面談」を「面接」と言うつばさ。先生の「玉木君のお姉さまですね」に同時に答えるつばさの「はい」と知秋の「いいえ」が重なる。BGMの『つばさ広げて』(8分52秒からシーン12の終わりまで)が始まり、知秋が「ほとんど母のようなものです」と答える。担任の先生にやや決まり悪い感じを見せながらも、知秋が「母のようなもの」と呼んだことに満更でもない表情のつばさ。
つばさの「面談」と「面接」の言い間違いについて
「面接に遅れてすみません」と担任に謝るつばさだが、そもそも面談に遅刻をするような設定にしなくてもいいのに遅刻させたのは、この台詞を言わせるためかもしれない。あえて「面談」を「面接」と間違えさせる脚本の意図はどこにあるのだろうか。
『つばさ』ではシーンが切り替わるときにサブリミナル的に、2つのシーンをつなぐキーワードを台詞や小物で見せる演出が随所にある。ここでは直前のシーンが万里の就職決定だったので、そういったつながりの遊びかもしれない。
しかし、わざと間違えさせることで、おかんといっても、やはり学生という感じを出そうとしたのかもしれない。万里の進路が就職なら、就職活動を一切せず卒業後はおかんと言うつばさにとって、おかんと認めてくれる面接の相手は知秋の担任といえるかもしれず、知秋の面談でありながら、つばさにとってはおかんの採用面接というような気持ちを表わしているともとれる。
つばさは家の外に出ることなど考えてもみなかったといったことをこのあと何度も語るが、実は就職が気になっていたのではないかと想像をする向きもある(南犬塚のまあさんが一意専心掲示板にて)。ほんの言葉一つだが、視る者にさまざまな妄想をさせる味わいのある言い間違いである。
シーン12:新河岸川土手(旭橋のすぐ南)の斜面(同日午後) 8分58秒~
土手には野菜の無人直売所(実物ではなくセット)。竹雄と加乃子が20数年前に出会った「運命の分岐点」であり、21週では鍵となる場所。24週でも千代を加乃子とつばさが見送る。
つばさと知秋が無邪気に駆けてきて、知秋が無駄に土手を転げて下っていく姿がは、中3男子とは思えない子供っぽさで可愛らしい。背景の川のせせらぎの音が清々しい雰囲気をつくる。
朝からの立て続けの主婦宣言の上に、面談での知秋の言葉に「『ほとんど母のようなもの』か」と感慨深げなつばさ。「何たって『二十歳のおかん』ですから」と調子に乗る。「姉ちゃんなら、おかんの資格十分だよ」に「そーう?」と言いながら、知秋の頭をなでて有頂天。疑うことを無意識に避けているおかんの道を肯定されたことで心地よいのであろう。
そのせいか、知秋の「この10年、姉ちゃんの泣いた顔、見たことない」に「何それ?」、「この先もほんとにおかんのままでいいの?」に「いいって、何が?」と雰囲気が一転する。ここまでは、つばさが一方的に知秋を庇護する大きい存在のように描かれているが、そんな知秋が冷静につばさを見ている言葉をかけ、一瞬にして立場が入れ替わったかのようなどんでん返しである。このあとも、知秋は頼りなく描かれながらも、つばさに何かを気づかせる言葉をかける場面がありそうなことも予感させる場面である。
つばさが家と短大だけで彼氏をつくるヒマもなかった言う知秋には、笑顔で「余計なお世話」と言い返せたが、「普通じゃないウチが普通でいられるのは姉ちゃんのお陰だろ。でもその分、姉ちゃんに無理がたまってるんじゃないかって」とまで心配されると、つばさの顔が曇り、ため息をついてから知秋の気遣い感謝して、軽い笑顔で自分に言い聞かせるように「あたしは全然無理なんかしてないよ。だってこれがあたしの普通なんだもの」と答え、つばさの10年に無理のありそうなことが示唆される。最後は、話題を変えるかのように、他人の恋人の心配をするよりも自分の身だしなみをと知秋のボタンに手をかけるつばさ。
かなり必死で走る知秋に多部走りも追いつかない。つばさは「一緒に帰るんでしょ」と追いかけるが、土手を走って行く2人の行き先は家ではなく、スーパーであったことが次のシーンでわかる。シーン16からわかるように玉木家は、この土手を旭橋側へ戻る方向なので、学校からスーパーへ遠回りしていることになる。
つばさと知秋が土手を走り去る姿はクレーンでカメラが持ち上がって俯瞰した撮影。撮影に気合の入っていることを初回からアピールしている。持ち上がったクレーンが下がって地面に立つ人の視線になると、野菜直売所の壁に加乃子の錆びたホーロー看板が映る。
知秋は全体的に、中3にしてはお姉さんに甘えすぎな感じで描かれ、母親代わりのつばさに頼りきっている。心を許して甘えられる姉への依存の強さを示して、5歳からの10年の母親不在のひずみを印象づけようという演出である。加乃子が戻り、第3週でつばさが働きに出たことが精神的に不安定になる一因になることの伏線になっている。
シーン13:甘玉堂の通り土間と作業場(同日午後) 10分32秒~
背景にはお囃子の音が響き、祭が近いことを伝える。通り土間では、川越祭の頃に帰ってくることが多い加乃子について、今年はどうなのか鳶の頭の泰典と鈴本スーパー社長の宏夫が竹雄に詰め寄っている。泰典と宏夫は初登場である。加乃子を「シュッ」呼ばわりすることが我慢ならない竹雄。
3人のすぐ後ろまで、職人がすごい勢いで蔵からトロッコを押して来て、粉の袋を作業場に運ぶ(宏夫だけその勢いに驚くリアクション)。作業場では、職人たちが最中をつくっている(三国が皮を揃え、倉田が餡を入れて皮を重ね、岡野が出来上がりを大きなケースに揃え、久保は何もしていない)。比較的新入りらしい職人の久保に先輩の職人達が加乃子について説明をしている。久保がお調子者である感じを伝えるとともに、誰が見ても、つくっている最中に唾が飛びそうな大声で話す職人たち。この演出の意図は、さじ加減のない振り切った演出をする、あえて本当っぽくは描かないという西谷演出の意思表示のようなものか。
久保への説明を使って、加乃子が10年前に家を出たこと、川越祭の頃に帰ってきては毎回騒動をおこしていること、4年前には町内の山車を台無しにし、泰典の額の傷の原因となったことが紹介される。通り土間では、泰典が「俺の額の傷がうずくうちは」この町に加乃子を入れさせないと、このあと何度かネタとして使われる加乃子レーダーについて、少し説明。
額の傷の原因だからといって、泰典が他人の奥さんを「シュッ」呼ばわりするとは、妙に距離が近すぎる感があるが、第13週で泰典夫妻と宏夫に加乃子は高校の同級生であり、さらに泰典が加乃子に告白をして撃沈していた過去が明らかになる。金田明夫氏は最初の週の台本の時点で、そういう関係があるから「シュッ」呼ばわりしてるのではないかと想像をたくましくしていたら、その通りの展開になったようである(番組HPのキャストメッセージより)。
「つまらないことをデータベース化する癖があり、ごくまれに役に立つ」とガイドブックやHPにキャスト紹介されている俊兄が「すごいデータを見つけた」と、店番もそこそこに走って現われ、タブレットPCに表示した「加乃子さん帰郷の法則」(8年前は祭の前日、6年前は祭の当日、4年前は祭の前日に帰ってきて、2年前は帰らずた)を伝える。2年前になぜ帰ってこなかったかと脳天気な竹雄に、ムッとした泰典がトロッコを押してどけ、トロッコに乗った俊兄がはずみで倒され、父親の宏夫が少しだけ何するんだとばかりの表情。
この場面のように俊兄がデータを見せることが今後も続くと鬱陶しい感じがしたが、この1回きりであった。「加乃子さん帰郷の法則」を伝えるヘンテコさを納得させるために、キャスト紹介を利用したという感じか。
今年加乃子が帰ってくるとしたら祭の2日前であることに「それって今日!」と竹雄が色めき立ち、効果音に合わせて職人もハッとする。1秒ほどサブリミナル的に、ハートマークで縁取られた加乃子の殺虫剤CMのチュッが大写しになる。そこへ「ただいま」の声がかかり、一瞬、加乃子の帰還かと思わせるが、スーパーから帰ったつばさであったことに竹雄はがっかり。加乃子でなくて、ホッとする泰典、宏夫、俊輔。
このときの竹雄の「何だ、つばさか!」という言い捨て方は、つばさに対する竹雄の態度としては、他にないほど投げやりで目を引く。このシーンだけを見ると不機嫌なカミナリ親父という設定なのかと思われるほどである。加乃子のことになると他のことが疎かになることを見せようとしているのか、それとも21週で明かされる「気の弱い父親を演じていた」ことの伏線なのか、そのあたりの過剰演出であったのか興味がもたれる。
つばさと制服姿の知秋は学校からの帰りにスーパーによったことを伺わせる。安売りをしていたトイレットペーパーをまとめ買いして12個入りのパックを右手と左手に2個ずつ持ち、知秋は口にも1個くわえているので、2人で合計9バック。
何かあると安売りのまとめ買いをすることが、第17週や第26週で示されるのだが、このトイレットペーパーのまとめ買いは、単に安かったからなのか、土手で知秋に「無理をしている」と不意に言われたことの反動なのか、どちらであろうか。つばさの「すごく安かったからこっち(作業場)で使う分も買ってきた」は計画的でなかったかのようにも聞こえるが、もともと何かをたくさん買ってくるための要員として、知秋と一緒にスーパーへ行ってきたとも考えられる。
シーン14:店舗(時の鐘が鳴るので同日午後3時頃か) 12分24秒~
時の鐘が一つ鳴り、千代が女性客に川越祭の季節限定の「晩秋の鐘」を勧めている。あとからつばさも「いらっしゃいませ」と店舗へ出てくる。女性客が甘玉堂のお菓子の味と見た目を褒めるとともに店舗の風情も褒めると、それを聞いて得意げなつばさの表情は、第2週で老舗の店舗にこだわることの伏線となっている。なお総集編の2011年の川越祭当日の前編冒頭シーンでは、新女将の加乃子がやはり「晩秋の鐘」を客に勧める。
シーン15:茶の間(同日午後) 12分51秒~
背景に鳥の声。茶の間で休憩している竹雄にエプロン姿のつばさがお茶を入れ、座って食卓で話す。加乃子に帰ってきてほしくて、今にも帰ってくるのではないかと通り土間のほうをキョロキョロして落ち着かない竹雄に対して、加乃子のことを考えたくないつばさは、竹雄の「そろそろ帰ってくるんじゃないかと思って」にも「誰が」と気のない返事。
竹雄の加乃子が帰ってくれば「つばさだって、無理にこの家に縛られなくたって済む」に、気色ばんで「無理なんかしてない」と答える。お祖母ちゃんが店をしっかり守り、お父さんが美味しいお菓子をつくり、自分が家のことをちゃんとやり、知秋だっていい子で手伝いをしてくれて、「今のままがいちばんしっくりくる」と答え、竹雄の「帰ってこなくてもいいってこと?」に無言でうなずいてしまい、微妙な雰囲気に。背景で職人がトロッコで粉の袋を運ぶ。本当はここに加乃子がいるのが普通と言う竹雄に、うんざりしたように「想像できない」とにべもなく答えながら、浮かない気分を紛らわすかのように、意味もなく食卓を布巾で拭きはじめる。「本当はここに加乃子が」と竹雄が自分の座っている場所を身振りで示すが、そこは朝食で空席になっていた食卓の中央左である。
ピアノで夕焼けの川越のメロディーのBGM(→ 後藤CPまたは住友さん、お読みでしたらこのBGMの曲名を教えてください!)がかかり(14分17秒からエンディングまで)、竹雄が先に言っていた加乃子なりの「夢とか思いがあったはず」を受けてか、つばさは食卓を拭きつづけながら、うつむいたまま竹雄から目をそらして「家族を犠牲にしてまで追いかけていい夢なんてあるわけないもの」と答える。夢を封じ込めている自分に言い聞かせるように言っているようにもとれる。第24週「あなたを守りたい」の第144回で、これとは正反対のような「家のために誰かが大事なことを諦めない」で千代を送り出すのと対になっている。台所の窓際に、ドラマのオープニングで映った赤い小型ラジオがぶら下がっているのがわかる。
気まずい雰囲気を転換するように、笑顔で「タイムセール」を口実に家を出て行くつばさ。廊下から茶の間に歩いてきた千代は2人の会話の最後が聞こえたようで、つばさが夢を自ら封じ込めていることを感じ取ったのか複雑な表情になり、家を出て行くつばさとお互い無言ですれ違う。つばさが千代に声をかけずにすれ違うのも、このドラマでは珍しく、竹雄との会話でつばさの心が穏やかでないことを表しているのかもしれない。
シーン16:新河岸川土手(旭橋のすぐ南)(同日午後遅く)14分34秒~
土手をママチャリに乗ってシーン12で走り去ったのと同じ方向に向かうつばさ。スーパーへの買い物だが、シーン15のままエプロンをしているのは当たり前なのであろうか。竹雄との会話につばさが動揺したためか、主婦ぶりを強調しようという過剰演出なのか。いずれにせよ、つばさが動揺していることは、第2回冒頭で必要以上に白菜を買ってきたことで明らかになる。
野球帽を目深にかぶった加乃子が野菜の直売所横で自分のカバンに座っている。加乃子はフーテンの寅さん的なキャラであり、ドラマでは随所にフーテンの寅さんのオマージュが挿入されるが、加乃子が座っている四角くて大きいカバンはまさに寅さんカバン。その前をつばさが自転車で通りすぎるが、加乃子には気づかない。後藤CPのスタッフブログ(更新運動実施中その79)の「すべては人知の及ばぬところで起きる」という諦観が現れているシーンである。
加乃子のふてくされたような姿は、このあと玉木家に現れてからも素直には振舞えなさそうで波乱を予感させる。最後の映像は加乃子の錆びたホーロー看板のアップ。第1回を締める語りは「ハタチにしておかんで主婦、そんなつばさの人生にこれから何が起きるのか、このときつばさはまだ知らなかったのです。」
第1回を振り返って
前半では、夢を封じ込めて自分の天職と思い込もうとしている「おかん」になることに、千代、竹雄、知秋、万里にそれぞれなりのお墨付きをもらい有頂天のつばさであったが、後半では知秋と竹雄に続けて「無理をしている」と言われ、対峙することを避けていた問題をちらつかされて、否定しようとムキになっている姿が描かれた初回であった。
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Edited: 5月 7th, 2010