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第1回学会発表「玉木家の一日は時の鐘と共に」by Noriさん



アブストラクト(要旨)

つばさの一日は、「ベッカム一郎の豪快シュート」を聞きながらの朝食の準備から始まる。

甘玉堂を引き払い、ラジオの仕事に関わるようになってからつばさの日常は大きく変わるが、それまでは、どのような日々を過ごして来たのだろうか?

それを主に第1〜2週から洗い出して行くと、ドラマで描かれなかったつばさの背景が浮かび上がってきた。また、彼女がたびたび口にした「日常とは違うことがストレスになるんです」といった理由も明らかになったので研究成果として発表する。

4枚1セットになっています。

  • 順序はZ字(左上→右上→左下→右下)時状に読んで下さい。
  • 動画(mp4、容量は33MB))はこちらです。
    • 環境によってはうまく見れないケースがあります。
    • Windowsをお使いの場合、 GOM Playerを入れてみて下さい。

起床:4時50分→朝食の準備:5時→朝食:6時(時の鐘)

通学:8時過ぎ→日中①、②→夕食:午後6時(時の鐘)

玉木家の一日は時の鐘と共に(結論)
  • 『時の鐘』が時を告げるのは、現在、6時、12時、3時、6時の4回である。これは、今から35年前の昭和50年6月10日の時の記念日に自動鐘撞機が導入されてからのことで、終戦後からそれまでは使われていなかった。
  • 朝6時に朝食、12時に昼食、そして6時に夕食ということなので、玉木家は、時の鐘に合わせて一日が営まれているといえる
  • つばさは二十歳なので、生まれてからずっと『時の鐘』を耳に日々を過ごして来た。特に、おかんとなってからは、食事の時間と完全に重なるので、その間隔が身体に刻み込まれてしまった。そのため、リズムが崩れることはつばさには大きなストレスであり、第2週で斎藤に対して店を手放しくない理由を小松菜になぞらえれて語った名台詞につながったと結論付けられる。

Edited: 8月 15th, 2010

第一回学会発表 その2 「つばさ」における寺内貫太郎一家イズム (ももちゃ)


~はじめに~

平成のホームドラマ「つばさ」これには良い意味での昭和ノスタルジーが入っている。

昭和とは私たちが過ごしてきたひとつの時代であり、昨今のブームでもある。

ここにNHK朝の連続ドラマ小説「つばさ」を、私の勝手な推測及び妄想を交え、

「つばさ」にある寺内貫太郎一家イズムを検証してみようと思う。

まず寺内貫太郎一家とは何ぞや?

ある時期民放のTBSは「ドラマのTBS」と言われ、数々のヒットドラマを手掛けて来た。

その中でホームドラマと言えば「時間ですよ」「ありがとう」等々、

数えたらキリがないほどの名作があがる。

その中でも大ヒットしたのが、昭和49年に放送された「寺内貫太郎一家」である。

昭和の名プロデューサーと言われた久世光彦が、

小説家向田邦子を脚本に迎え、タッグを組んだ問題作である。

「つばさ」にはこの「寺内貫太郎一家」をオマージュとして、

数々の寺内貫太郎貫イズムを感じる事が出来る。

「つばさ」の良く練られた脚本、そして演出・撮影。

「つばさ」は、この寺内貫太郎一家のフィルターを通して観ると、

今迄が謎だと思っていた事が謎でなくなり、

そしてまた今迄普通だと思っていたシーンが謎となり次々と浮かび上がってくるのだ。

この事はパズルを解くが如く、実に厄介で楽しい事となった。

平成ドラマ「つばさ」はそのドタバタさで観る者を限定させた。

それは紛れもない事実ではあるが、実はそうではないのだ。

この事は追々検証していく事にするので、今回は割愛させていただく。

寺内貫太郎一家(以降寺貫)はさらにその上を行くドタバタ劇であった。

当時の時代を考えてもその内容は今観ても驚く事ばかりで、

ある意味時代の緩さもあったのではないだろうか?

正直一話一話の脚本は、「つばさ」のほうが良く出来ているし、

ディテールも細かく、さすが2009年のドラマと言える。

寺貫に関しては、今観てみると物凄く大雑把に出来ている感じがする。

しかし、逆に内容が単純な分、ストレートに観る者の感情に突き刺さってくる。

視聴者は安心出来るワンパターンが好きなのだ。

「つばさ」がディズニーランドとするならば、「寺内貫太郎一家」は浅草花やしきか。

1990年代昭和から平成・・・、ここに何かのヒントがあるような気がする。

今回は数々の謎から以下の事項について検証してみようと思う。

しかし、本日は時間がないようなので「赤の想い」だけにしよう(笑)

この「赤の想い」も「つばさ」における寺貫イズムのひとつなのだ。

さて、ここで「つばさ」第一回の登場である。

始まってすぐに玉木つばさが台所に来て、ラジオのスイッチを入れる。

この携帯ラジオの色が赤なのである。

なぁんだ、普通の携帯ラジオじゃないか?

と普通は思うが「つばさ」を観た人であれば、

ラジオが以降伏線となってくる事はお分かりであろう。

私はこのラジオの赤色に着目した。

あきらかにこの携帯ラジオは後から塗ってあるのだ。

要は色を塗り替えているのである。

なぜ?

NHKだから特定メーカーと断定出来るのを避ける為?

まぁ、それもあると思うが、では何故赤く塗る必要がある?

別に赤色でなくても良いのではないか・・・。

とかく赤色には覚醒効果があるらしい。

最初に赤いラジオをアップで見せ、しかもここでスイッチを入れる動作をも見せている。

この事により、赤で観る者を覚醒させ、
「これから凄いもの作るぜ」と、

これから前代未聞の「つばさ」が始まる合図をラジオのスイッチとだぶらせて見せて、

「つばさ」に懸けるスタッフの意気込みをも映像に取り込んだのではないか。

ここはもちろん演出の魔術師・西谷さんの戦略でないかとも推測出来る。

赤のイメージとして、

革命・情熱・熱い・燃える・力・勇気・女の子・エネルギー・

勝利・激しい・危険・派手・活発・温かい・そして愛

赤好きな人は

感情表現豊かで前向きな人

激情・興奮・何事にも向かっていく人、らしい。

すべての事柄が「つばさ」にリンクしていると思う。

もちろんこれはこの「つばさ」に懸けた、後藤チーフプロデューサーの想いでもあると思う。

そして赤ちゃんは生まれて最初に認識する色が赤らしい。

だから赤ちゃんと言うのかは分からない。

赤に込められた想いはこれだけではない。

もちろんここにも寺貫イズムは存在している。

寺貫ドラマの中ではいつも赤がアクセントに所々散りばめられているのだ。

左とん平扮するタメさんの赤いとっくりセーターや帽子。
お手伝いさん美代ちゃん役の浅田美代子の、ストライキ中の赤い鉢巻や赤いエプロンや衣装などの色。

そして前作「時間ですよ」の挿入歌赤い風船。

比較的地味なセットの色に対して、わざとと言っていいくらい赤が目を引く。

そして美代ちゃんの「私赤が一番好きなの」と言うセリフまで。

久世ワールド全開である。

赤色を有効に使用している名作はまだある。

皆さんは「幸せの黄色いハンカチ」という映画はご存知だろうか?

高倉健・桃井かおり・武田鉄也出演の1977年10月公開の山田洋次監督作品である。

この映画のラストシーンはこの作品の最大の見せ場で、

たくさんの黄色いハンカチが青空に舞っている感動するシーンである。

えっ、だからこの映画は黄色でしょ?と思うはずだ。

タイトルがずばり、黄色いハンカチという事で、観る者に既に刷り込まれているのだ。

確かに監督がこの黄色を際立たせる為に、映画の中では徹底的に黄色を排除して、

撮影している。

だからこの映画には黄色は最後のシーンにしか出て来ない。

しかし、この映画にはもっと有効に使用されている色がある事に気がついたであろうか?

それが赤なのである。

武田鉄也が運転する赤いファミリアなどはその筆頭であろう。

そのクルマはこの映画の第二の顔となっている事は紛れもない事実であるし、

この映画を観ると赤色が有効に使用されているのが分かるはずだ。

赤という色の持つ効果は、計り知れないものがある。

蛇足ではあるが、この「幸せの黄色いハンカチ」がリメーク版として

アメリカ映画「ザ・イエローハンカチーフ」として、今日6月26日から公開である。

以上の事から

「つばさ」は寺内貫太郎一家をかなり強力に物語のベースとしている事が分かる。

たかが赤い携帯ラジオではあるが、このワンシーンの中からでも、

「つばさ」スタッフの強烈なメッセージが伝わってくるのである。

これから始まる全てのスタッフの見えない何かへの挑戦

怒涛のつばさ嵐の前の静かなさざ波が開始5秒で垣間見えてくるのだ。

「つばさ」の本当の凄さはまだまだこれからなのである。

今後もこの寺内貫太郎一家のフィルターを通した「つばさ」を

徹底的にバラバラにして検証していきたいと思っている。

Edited: 7月 14th, 2010

第3回より 甘玉堂の帳簿を読み解く

初版2010.5.27 最新改訂版2010.5.28(甘玉の値段の誤りを修正)

 第3回の帳場で千代が帳簿をつけているシーンでは、帳簿の2008年9月のまとめと10月前半の収支が画面に映る。内容は以下のような感じである(曜日は筆者が加筆)。欄外の赤字の記載は、筆者のDVDがハイビジョン映像ではないため、分解能に限界があり、一部不正確な恐れあり。

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 9月の売り上げ  ¥4,007,400
    出費総額   ¥3,652,400(材料費・人件費・光熱費・生活費含)
 
9月の純利益    ¥35,5000
 9月分の借金返済  ¥50,0000(9月赤字 -¥145,000)
  

借金残り ¥65,290,721.-


月 日
10 1 (水) 材料仕入れ  △¥1,904,000
         売り上げ      ¥140,750     返済が滞っている分の支払いを催促しに
   2 (木) 売り上げ      ¥211,010     信用金庫からの担当者が来る。
   3 (金) 売り上げ      ¥100,110     経営改善への指摘を受ける。
   4 (土) 光熱費      △¥121,036     改善プラン案を示される。
         売り上げ       ¥90,450
   5 (日) 売り上げ      ¥120,280
   6 (月) 売り上げ      ¥140,930
   7 (火) 売り上げ      ¥183,450
   8 (水) 売り上げ      ¥127,740
   9 (木)
  10 (金) 職人給与   △¥1,200,000
         売り上げ      ¥100,480
  11 (土) 売り上げ       ¥99,300
  12 (日) 売り上げ       ¥59,400
  13 (月) 売り上げ      ¥204,530
  14 (火) 売り上げ      ¥120,330
  15 (水) 売り上げ      ¥100,690
  16 (木) 売り上げ       ¥91,740

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 月の売り上げが約400万円、生活費を含めた出費が365万円で、純利益が35万円ほどだが、月々の借金返済が50万円のため、15万円ほどの赤字になっている。年商は約5000万円ということになり、この規模の和菓子屋としては妥当なところであろうか。
 4人の職人の給与が120万円なので、いかにも新入りの久保とベテラン風の岡野の給与には差があるのだろうが、1人平均の月収は30万円である。インターネットで散見する菓子職人の給与の相場としては、そう悪くはなさそうである。しかし、社会保険料を事業主である甘玉堂が支払っていないかのようでもある。もっとも、そこまでリアルなものを見せる必要もないので、ここでは深くは詮索しないこととしよう。
 売り上げを見ると、9日(木)が空白なので、休業日であることが伺われるが、2日(木)と16日(木)には売り上げの記載があるので、第2木曜または第2、第4木曜が定休日なのかもしれない。売上額の記載がある15日分では1日平均の売り上げは12万6000円ほどである。このペースでは1日平均14万近い売り上げの9月の月400万円の売り上げには届かない。10月はこれから川越祭で書き入れ時だが、9月には特別な行事があったのだろうか。
 土日の売り上げは必ずしも大きな額ではないが、これは観光客は小口でしか買っていかず、大きな売り上げは大口の発注に頼っているということであろうか。第2回のように1個130円の甘玉2000個の注文があれば売り上げは26万円であるから、非常に大きな効果である。もっとも、その分、材料も消費するので追加の材料費が必要になるかもしれないので、そう単純ではないかもしれない。
 和菓子屋としての出費は材料費・人件費・光熱費だけのような書き方であり、10月上半期のこれら3つの勘定科目の出費合計が322万5036円である。追加の材料仕入れがなく、これらの出費が9月と同水準であるとすれば、玉木家の生活費は月40万円ほどということになる。

この帳簿から読み取れることがあれば、随時加筆します。一意専心掲示板への投稿を歓迎します。

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Edited: 5月 27th, 2010

第2回 帰ってきた加乃子―第1週 ハタチのおかんとホーローの母

第1回で、このドラマの「運命の分岐点」である新河岸川土手の野菜の無人直売所まで来ていた加乃子が、玉木家に突然帰ってくる。早速、千代と言い争い、ドラマが動き出していく波乱の幕開けとなる。

初版2010.5.22 最新改訂版(参照回の数字の修正、茶の間の障子、ガラス戸について加筆など)2010.5.23

シーン別徹底解説

シーン1:第1回のおさらい 1分10秒~

 BGMに『夢を信じて』がかかる。第2回ということもあり、第1回の回想(シーン4:屋根の上のつばさ、シーン5:店舗の前を掃く千代、シーン3に挟んだ竹雄の洋服タンス裏の加乃子のポスター、シーン1:キャベツを刻むつばさ、シーン8:炊飯器をあけるつばさ)に「玉木つばさは川越の老舗和菓子屋、甘玉堂の孫娘。10年前から家を空けっぱなしの母親にかわって家事のすべてをこなす、まさにハタチのおかん」の語りをかぶせて、ドラマの設定を説明。
 第1回シーン15のつばさの「お祖母ちゃんが店をしっかり守って、お父さんが美味しいお菓子をつくって、あたしが家のことをちゃんとやる。知秋だっていい子で手伝いとかしてくれて」に合わせて、第1回の回想(シーン14:店舗の千代、シーン6:作業場の竹雄、シーン8:おつゆを味見するつばさ、シーン13:つばさとトイレットペーパーを買って作業場に帰ってきた知秋)を見せて、第1回シーン15で竹雄に「今のままがいちばんしっくりくるよね」と自分に言い聞かせるように言うシーンにつなぐ。
 加乃子が帰ってこなくていいということかと問う竹雄に答えるつばさの「家族を犠牲にして追いかけていい夢なんてあるわけない」には、自転車で加乃子の前を通り過ぎる第1回エンディングのシーン16をかぶせて、第2回シーン2のスーパーでのシーンへ自然につなげている。

シーン2:スーパー(2008年10月16日夕方近く) 1分48秒~

 10人ほどの女性がひしめき合い、声を上げての白菜の奪い合い。オバサンたちにもまれながら、つばさも生き生きと白菜を争奪し、2玉抱えている。「そんなつばさにまもなく人生の転機が訪れるとはまだ誰も気づいていないようです」と語りをかぶせているので、シーン1の回想の一部のような感じの映像になっている。
 つばさの他にエプロンをして買い物に来ているのは年配の女性が1人ぐらい。やはり、台所で着るエプロンをそのまましているのは不自然なことをしているということを表しているのか、おかんっぽさを強調するための記号のようなものか。

シーン3:台所(2008年10月16日夕方) 1分55秒~

 つばさが買い物に行ったままのエプロン姿で、まな板の上で白菜を切っている。机の上にはさらに白菜が5玉あり、知秋が「何でこんなに買ってきたの」と尋ねる。つばさは「これだけ、全部で630円だったのよ」と答える。
 確かに安いのだが、第26週第152回のエピソード(真瀬にプロポーズに悩んで、やはり白菜を6玉ほど買ってきて、知秋に「姉ちゃん何かあるときほど笑顔になるから」と言われる)から、第1回シーン15での竹雄との会話での、加乃子や「無理をしている」といった話題に動揺をきたしての衝動買いであることが伺われる。「浅漬けと糠漬けと...キムチにも挑戦しようかな」という言葉からも、計画的ではなかった様子が伝わる。キムチと言われた知秋の「えーっ、辛いの苦手なんだけどなぁ」で子供っぽい感じを強調。

シーン4:茶の間(同日夕方) 2分13秒~

 「ごめーんくださーぁい」と初登場の佑子の元気で明るい声。世話好きでおしゃべりな感じが伝わる。佑子の声と同時にカラスの鳴き声で夕方の感じを醸しだす。つばさと知秋が、まだ障子もその先のガラス戸も全開のままの茶の間に移ると、通り土間に泰典を乗せたトロッコを押して頭にタオルねじり巻きの佑子が現れ、2人は自分の家のように何の気兼ねもない感じで茶の間に上がってくる。茶の間と通り土間の間の障子とガラス戸を全開にしてあるのが、知り合いがスッと入ってくるような開放感につながっている。
 宇津木夫妻の声に竹雄も次の間から茶の間にやってくる。食卓に座る5人(左辺につばさ、知秋、中央に泰典、佑子、右辺に竹雄)。泰典が竹雄に「さっきは悪かった」と一言かけるのは、第1回シーン13で加乃子のことを口汚く言いすぎたことを詫びているということなのであろう。
 佑子が竹雄に見せたいものがある、善は急げと言って泰典に持たせていた白い色紙のようなものを開いて竹雄に見せると写真が2枚。勢いをつけて「うぉー、ひょっとして、お見合い写真?」と食卓に腹ばいになって写真を覗き込む知秋の行儀の悪さに笑いながら「知秋、こら」と尻を左手で叩き、右手で知秋を引っ張るつばさ。知秋の子供っぽい感じと、つばさとの関係を描こうとしている。
 佑子は、お見合い写真というほど正式なものではないと言いながらも、小料理屋の女将さんで結構いい人なのよと紹介。公園の池を背景に大きなバストを上品に強調した麻子の写真(全身とバストアップ)が映り、佑子は自分の胸のところで両手で「ボーン、ボーン」と、早くも朝ドラとしてはイエローカード気味の台詞と演出。カラスが鳴き続けている。
 唖然とする竹雄は「僕には加乃子さんというれっきとした奥さんがいる」と相手にしないが、泰典は再び「シュッ」呼ばわりで10年前に出て行ったきりで離婚同然、佑子も先々のことを考えて会っておいたほうがいいと勧める。魅力的な麻子の写真に一瞬見入ってしまう竹雄だが、軽く「ブルブル」と首を振り、「お断りします」と怒って次の間へ勢いよく飛び出し、作業場へ戻って行く。竹雄の「ブルブルブルブル」と言いながらの首振りは、このあとも何回か出てくる。
 せっかく不憫に思って持って来たという泰典に、つばさは「父のことを思ってくださるのは嬉しいんですが」と困惑。加乃子に帰ってきてほしいと熱望しているわけではないが、さすがに新しい母親はさらに想定外という雰囲気。竹雄さんのような真面目な人が加乃子さんに振り回されっぱなしなんて残念と佑子にも加乃子を悪し様に言われ、つばさと知秋はうつむく。シーン8で千代が家族が世間から白い目で見られていると加乃子を責める伏線になっている。
 川越祭のポスターの山車を見て、佑子が「あの山車よ、山車」と言うと、お囃子の音が急にかかり、泰典に「山車やんなさい」と言って、四つん這いにさせ、「見せ場の人形のせり出しだと盛り上がったときに」と言うと、4年前の川越祭の回想シーン(3分30秒~3分42秒)に。『太陽の街、川越』がかかり、泰典の背後の町内会の山車から、加乃子がサンバダンサー姿でせり上がって登場し、振り返った泰典は驚いて山車から落ちる(ボーンのベタな効果音)が、両手で派手な投げキッスをした加乃子は「ビバ~、ビバ、ビバ~」と奇声を上げて腰を振って踊る。
 BGMに『加乃子の企み』がかかり、加乃子の真似をするように佑子が四つん這いの泰典の背中に乗り、気持ち良さそうに踊る。佑子のお調子者ぶりと泰典夫妻の関係も垣間見えるといったところか。「一応、当人は皆を喜ばせようと思ってやったらしいんですけど」と言うつばさ(「一応」が「いちよう」に聞こえるが)。他人の前で加乃子をかばっている。佑子は、「だけど、お陰でこの人なんか、ほら」と泰典の額の傷を見せ、そのときについた傷であることを示す。
 BGMが音量を上げて急に止り、廊下に千代が急に現れ(廊下を音をたてずにススッと歩いてくる姿が、食卓に座る泰典越しに少し映ってはいる)、咳払い。凍る4人。宇津木夫妻は食卓にへばりついて後ずさり気味の姿勢。竹雄、つばさ、知秋相手には軽口を叩く宇津木夫妻だが、千代の前ではそうはいかない様子。
 千代は「その節は皆様に大変なご迷惑をおかけいたしまして、誠に申し訳ございませんでした」と深々と頭を下げ、慇懃無礼に挨拶。カラスの鳴き声が入り、19秒間止まっていたBGM『加乃子の企み』が再び始まり、千代が「お客様にお茶もお出ししないで」とつばさをたしなめて、夫妻に帰ることを京都風に促す。逃げるように、トロッコに乗って去る泰典と佑子。今度は泰典が佑子を乗せてトロッコを引っ張っていく。千代の姿が見えなくなったせいか、トロッコの上に立って軽く腰をくねらせて手を振り「またね~」と言う佑子は、泰典の背中に乗ったシーンの雰囲気のままで、懲りない感じが伝わる。

シーン5:蔵(同日夕方)4分30秒~

 虫の声がシーン5の間、続く。久保が上新粉を取りに蔵に入って来ると、竹雄が加乃子のホーロー看板を拭いているのに出くわし驚く。竹雄が嬉しそうに振り返り、「ちょっと見て」と久保を呼ぶ。久保は「ミドルシューット」のCMを昔見た記憶はあるが、モデルが加乃子であることを初めて知って驚くというリアクション。だから「シュッ」と調子に乗り、口を押さえるが、竹雄は気にも留めず、CMでブレイクして加乃子が家を空けるようになって、気がついたら10年経ったと久保を使って、視聴者にドラマの設定を説明。ピアノのBGM(タイトル不明)がかかり(シーン6冒頭まで)、竹雄が久保に向かって嬉しそうに、台詞一つのドラマの女優、リポーター、ダイエット本執筆と、次から次へと加乃子が家の外でしていたことを紹介する。
 蔵の前につばさが歩いてきて、中の様子を眺める。久保は加乃子のことを「何やっても長続きしない人」と言って、「多彩な人」と言い直すが、竹雄はやはり気にも留めず加乃子の一番の才能は「夢を追い続けられることかな」と目を輝かせて話し、「今もね、どこかでね、きっと夢を追い続けてるんだよ」と息を切らすようにして語る。岡野に呼ばれ、上新粉を持って出て行く久保。
 「加乃子さぁん」と甘えた声で呼びかけ、満面の笑みで嬉しそうにホーロー看板を拭く竹雄を、蔵の外からつばさがしんみり眺める。加乃子への竹雄の気持ちを目の当たりにして、加乃子の帰りを熱望する竹雄に冷や水を浴びせた第1回シーン15の会話を謝る伏線になっている。
加乃子が家を出た理由について
 子供を捨てた母親として、お茶の間を敵に回しかねない設定の加乃子が家を出た理由は視聴者にとっても気になるところである。千代と加乃子の間の暗い過去も徐々に明かされていくのだが、この時点では、第1回シーン15と第2回シーン1の回想でのつばさの「家族を犠牲にして追いかけていい夢なんてあるわけない」や、ここでの竹雄の話ぶりから、加乃子は自分の「夢」を追いかけて、脳天気に羽ばたいていったように伝わる。殺虫剤CMのネグリジェ姿の視覚的な効果とあいまって、違和感のある困った人という印象を与えている。竹雄も第7週で、つばさの卒業記念に加乃子が家を出たいきさつの暗い面を語るが、好きでしょうがない加乃子を待つ身としては、楽しそうにしている姿を想像しないとやっていられないという面を見せているように映る。実は「夢を追い続ける」は第3回のつばさと翔太の再会で、つばさにとってのキーワードとして浮上してくる。

シーン6:茶の間(時の鐘がなるので同日午後6時頃か) 5分59秒~

 食卓に夕食が並んでいる。野菜炒め、焼肉、コロッケといったおかずが大皿に盛りつけてある。食卓の左につばさ、右に知秋。「あーん、もう、お腹減った。食べていい」と叫ぶ知秋を、千代も竹雄も働いているのだからまだとつばさがたしなめる。玉木家の食事は4人揃ってからなのであろう。
 すぐに竹雄が作業場のほうの廊下から、いかにも一仕事終えて疲れたという様子で茶の間に入って食卓に座り、千代を待つ。つばさが買い物前の竹雄との会話(第1回シーン15)で、母のことを「帰ってこなくていい」と言ってしまったことを謝る。加乃子がいないのが当たり前になっているから、「正直わからないの」と本音を言う。気にしないでいいと優しい言葉をかける竹雄は「父さんだって、同じようなもんだから」と言う。
 廊下からせわしない足音がすると、加乃子の話題をやめたほうがいいと言わんばかりに知秋が「お祖母ちゃん来るよ」と静かに言う。3人が姿勢を正すと、千代が現れ、急ぎの注文が入ったから職人さんたちを集めるよう竹雄に言う。映像には映らないが、手に握ったメモ用紙がクシャッというような音がして、たった今電話で注文を受けてメモをしたという雰囲気を伝える。千代に対する3人の態度は、加乃子と千代の関係、千代の行儀作法に厳しいことを伺わせる。竹雄が作業場へ立つと『元気な甘玉堂』(シーン8冒頭まで)がかかって次のシーンへつながる。

シーン7:作業場(同日夜) 6分46秒~

 急な注文の内容を聞いて「甘玉2000個」と驚く竹雄。新川越産業クラブから懇親会のお土産とのこと。大口の注文に一人嬉しそうな千代。「どう?できるかしら」と言う千代に、竹雄の反応を伺う一同。ちょっと困ったなという雰囲気ながら「芋餡もこし餡も余裕があるから、今からとりかかれば何とか」と、千代の期待に笑顔で答える竹雄。「今からって残業ですかぁ?」と正直な反応の久保の頭を岡野が「バカヤロウが」と叩き、祭り前だから今夜は遅くまで仕込みやると言っとおいただろうと叱る。
 「夜食は用意しましたからね」と千代が言うが、第16週で家事ができないことが判明する千代が自分で用意するはずはない。弁当を手配したということか。つばさが目を丸くして千代を見ているのは、竹雄の返事を聞く前から、そのつもりで夜食の手配をしている千代に驚いているということであろうか。岡野の言葉によれば、今日は遅くまで仕込む予定だったので、注文が入ったから夜食を用意したということは、遅くまでの仕込み程度なら家に帰ってから夕食をとれるということか。この急な注文の懇親会は翌日であろうか。
 笑顔で「すぐ準備にかかって」という竹雄に「はいっ」と声を揃えて応じ、きびきびと動き始める4人の職人たち。つばさも皆と一体感をもって働けることを嬉しそうに「あたしたちも箱詰め手伝う」と笑顔で千代に言うと、「お願いね」と頼りにされる。知秋が「あたしたちって、僕もぉ?」と素っ頓狂な声を上げると、笑顔でうなずく千代と、無言で何言ってるのと優しい呆れ顔のつばさ。シーン9で加乃子が急な注文で家族が駆り出されると非難することの伏線になっている。

シーン8:作業場(同日夜) 7分22秒~

 作業が始まり機械音がしている。竹雄(吹き替えかもしれない)が左手の平に乗せたこし餡を右手でつぶして広げ、そこにいも餡を乗せてこし餡でくるんでいく様子を手だけ映して、甘玉を紹介するテロップ「あまたま・・・芋あんとこしあんをゴマようかんで包んだ甘玉堂の看板商品」が流れ、「いまつくっているのが甘玉。二層の餡をごま羊羹で包んだだけなのですが、シンプルな分だけごまかしのきかない餡そのものの味で勝負する老舗甘玉堂ならではの看板商品です」と語りが説明。
 カメラが引くと、手前右で竹雄と岡野が甘玉を丸め、倉田が溶いたゴマ羊羹にさい箸で甘玉をつけてコーティングしている。右手奥では三国がトッピングのゴマを甘玉に乗せ、知秋と久保がプラケースに甘玉を入れ、つばさが箱詰めをしている。画面左隅には白ずくめの帽子に作業着、長靴で一人箱詰めをしている加乃子の後姿が既に映っている。
 知秋の「こういうときに帰ってくるよねー」に、「シュッ」とホーロー看板が大写しになる。つばさの「何、縁起でもないこと言ってんの」は、加乃子が帰ってくるたびに騒ぎがおきてロクなことにならないことを暗示している。8分3秒から不安感を煽るピアノのBGM(曲名不明)が始まり、知秋の「案外もう近くまで来てたりして」はベタにその通り。再び「シュッ」とホーロー看板が大写し。知秋はいたずらっぽく「フッ、フッ」と笑っているが、つばさは加乃子に帰ってきてほしくないという感じで、不安を打ち消すように「そんなわけ...」と言いながら指を折って7人いるはずと言う。三たび「シュッ」とホーロー看板が大写しになり、久保の「8人居る気がします」にお祖母ちゃんを忘れていると安心するつばさ。「おどかさないでよ」と、本当に加乃子が帰ってくることなど考えたくない様子。
 知秋にお祖母ちゃんはお茶を入れると出て行ったと言われ、BGMも緊張感が高まり、つばさが左手前で箱詰めをする人物の背後に寄り「まさか」と言うと、BGMが『愛すべき人々』のシタール音に切り替わって、加乃子が振り返り、つばさが思いっきり目を丸くして「お母さん」と驚く。「ホーローの母 玉木加乃子」の字幕による紹介で、加乃子の初台詞は「やっぱり私が居るとはかどるわね」である。
 知秋が加乃子を指差して「やっぱり、いたー」と歓迎されざるものを見つけたような反応で叫ぶと、竹雄は満面の笑みで「加乃子さん」と立ちつくす。お盆に湯飲みを載せて「お茶が入りましたよ」と作業場に明るく入ってきた千代に、加乃子が無邪気に「ちょうど喉渇いたとこなの」と笑顔で答えると、『太陽の街、川越』とともに川越祭の山車の上でサンバダンサー姿で両手を挙げて踊る加乃子の回想シーンが2秒ほど入る。唖然とした千代はお盆を落として湯飲みの割れる音が響きわたる。つばさのつらい表情は、このあと千代と加乃子が衝突するのは必至とわかっていることを伝える。
作業場への加乃子の帰還シーンについて
 この加乃子の登場シーンは放映前の番宣で何度も流れていたが、『つばさ』独特のバカバカしい演出であり、だからこそ不安感をあおるBGMを流し、「シュッ」を3回繰り返すなど大げさにしているのであろう。急な注文で家族で総出でいることをどうしてわかったのかとか、川越祭の頃は遅くまで作業していることが多いと当りをつけていたにしても作業着で紛れ込んだからといって、気づかれないはずないだろうとか野暮なことを言ってはいけいない。
 描きたいのは、加乃子が玉木家の敷居をまたぐことに感じているハードルの高さであり、それに添えるように加乃子が帰るたびに騒動を起こすトラブルメーカーであるとつばさや知秋が感じていること、千代との酷い言い争いにつばさが辟易していることなどであろう。それらをドラマの絵として表現した心象風景のシーンだからこそ、リアリティのあるシーンと視聴者が区別できるように、ナンセンスでぶっ飛んだ設定やバカバカしい演出にしているのだ。
 これが『つばさ』の真骨頂であり、視る者一人一人の感じ方や解釈には無限の自由度が生じている。ただし、この『つばさ』固有のリアリティとナンセンスの切り替えに「周波数」が合わなかった人にとっては、「何を言いたいのかわからない」といった不評を博すことになってしまったのであろう。もっとも、『つばさ』に魅入られた人も初めから周波数が合っていたのではなくて、周波数探しをして周波数を合わせたのかもしれないのだが。
 加乃子の帰還シーンは、第153回で千代の帰還シーンで完全になぞられていて、両手を上げてサンバを踊る加乃子の回想シーンは、第6週第35回の加乃子と斎藤の駆け落ちの回想シーンで、書割の前で安っぽいかつらをかぶり両手を広げて2人を止める千代で置き換えている。どちらも両手を広げ、日常のシーンではないことが共通している。ただし154回では岡野が不在で7人である。

シーン9:茶の間(同日夜) 8分57秒~

 虫の音。相変わらず茶の間の障子とガラス戸は全開。トロッコの上で粉の袋2個に頭を乗せて横になり、作業衣の帽子を顔にかぶせ、家族に素直に顔を合わせられない加乃子。ナンセンスな帰還シーンを自己言及的にフォローするように、つばさが「どうしてこっそり紛れ込むような、ややこしい真似するのよ」と加乃子に突っ込みを入れる。
 食卓には4人が座り、中央左の場所は朝食(第1回シーン9)同様空いている。「一仕事したらお腹すいた」と、その空席に駆け寄る加乃子。千代、食卓を叩き、空の皿を飛ばしてしまい、もういちど食卓を叩く。
 千代は「よくも敷居をまたげたものですね」と加乃子を叱り始め、反発する加乃子。ふてくされて横になる加乃子に千代の怒りのボルテージが上がる。お囃子の音が聞こえ出し、このあと千代と加乃子の言い合いがエスカレートするのに合わせてお囃子の音が徐々に大きくなっていく。
 2人の雰囲気がかなりまずいと引き気味の竹雄と知秋に対して、収拾しようと千代に謝るよう加乃子に言うつばさが対照的。加乃子は起き上がるが、千代には背を向け、どうして千代に謝らなければならないのかと不満。千代は自分にではなく、3人にきちん謝れと言うが、これは少し3人をだしに使った感じ。加乃子が家を出て好き勝手しているせいで、世間から白い目で見られて苦労していると加乃子を責めると、加乃子は振り返って「苦労しているのは、あたしだけのせいかしら」と反撃。急な注文が入るたびに家族総出で手伝うことを否定的に言う加乃子に、家の仕事なのだからそれが当然と言う千代。「母さんの言うとおりにしてたらね、みんながみんな店に縛られて不幸になるって言ってんの」と返す加乃子。「何てことを」と横で叫ぶつばさ。千代のやり方は時代遅れと責める加乃子に、加乃子のしたことは時代に合っていたというのかと迫る千代に、「あたしのしたことって」と興奮する加乃子に、「あなたは子供を捨てたんじゃないの」と千代が決定的な言葉を放ち、2人は顔を近づけて睨み合う。
 千代と加乃子の過激な言葉に、顔をしかめていたつばさがついに立ち上がって「お祖母ちゃんやめて」と2人の間に入り、意を決して「私はこの家にいて幸せだよ」と言うと、『大空に向かって』をビブラフォンで奏でたようなBGMが始まり(10分45秒~11分36秒で加乃子が倒れるまで)、「朝、お釜のふた開けたときお米が一粒一粒、粒だってて、それだけで今日もいい一日になりそうって思うし、それとか味噌汁のお出しがうまく取れて、みんなも美味しいって言ってくれたりしたら、それだけでもう十分幸せなんだもの」と、幸せをかみしめるように話す(ご飯を炊くのに使っていたのはお釜ではなく炊飯器だったが)。4人はしんみりとし、千代と加乃子も神妙な表情になって下を向く。
 呆然とする千代と加乃子をきつい目線で見つめて「捨てられたなんて思ってない。あたしは十分幸せなの」と言うつばさは、そう思い込もうとしているようにも見てとれる。立ち上がった加乃子がフラッと倒れ、「お腹空いてもう駄目」とつぶやく。「エッ」と驚くつばさが可愛らしい。
ご飯と味噌汁で幸せを語るつばさの台詞について
 つばさが日常に感じている幸せを語るこの台詞は、千代と加乃子が家族の苦労や不幸を相手のせいにして罵り合うことが小さいことのように感じさせ、それで2人が言い争いをやめたようにも見える。しかし、第1回シーン8の台所での朝食の準備のシーンを伏線に使っているとはいえ、二十歳の女の子がこんなことで十分な幸せを感じているとは、第2週第10回での甘玉堂の老舗の店舗を守る演説ほどではないにしろ、現実離れした素っ頓狂な台詞である。これも『つばさ』独特の振り切れたナンセンスのように聞こえる。
 この台詞を語るつばさは非常に表情豊かに目を見開いたり、細めたりしているが、舞台の一人語りのように演じられていて、本来なら言い争いをしている千代と加乃子に向けられるべき視線は2人には向けられていない(「みんなも美味しいって」で、抱き合っている竹雄と知秋に若干視線を送っているようには見える)。BGMをステレオで聴くと左右で音源が回転するような効果がかかっていて、ビブラフォン的な音色と合わせ、つばさが自分の世界に浸って話しているようなファンタジー的な雰囲気が漂っている。
 千代と加乃子の言葉の応酬もかなりのものだが、そんな祖母と母の言い争いを目の前にして、リアルにこんなことを言う二十歳の娘がいたとしたら、「壊れている」とも思えるような無理のある台詞は、10年間の無理を重ねたつばさが、ある意味で「壊れている」ことを象徴的に表すことを狙っているのではないか。
 つばさのこの台詞を受けて、千代は呆然として「つばさ」と言うが、第24週第142回で千代は、加乃子が家を出たあと、母親不在でも十分幸せだとつばさと知秋が思い込むように仕向けてきたと吐露する。千代の余りにも愕然とした表情は、加乃子との言い争いを止めようと神妙な気持ちになったというよりは、自分がつばさに言い聞かせてきたことが、実は洗脳まがいのことであって、こんな無理をさせてきたことに気づいたもののようにも映る。第1回シーン15で、つばさが「家族を犠牲にして追いかけていい夢なんてあるわけない」と話すのを立ち聞いて、脇を通るつばさと言葉も交わさず立ちつくしていたときの複雑な表情と合わせると、つばさがここまで夢を押さえ込んでいること、つばさにそう仕向けたのが自分であることの重みを伝えていると見ることもできそうなシーンである。
 そのあとの「捨てられたと思ってない。あたしは十分幸せなの」と言うつばさは、千代と加乃子に視線をやっていて、その前の台詞とは少し雰囲気が違う。ここはリアルに戻ったということか。

シーン10:茶の間(同日夜遅く) 11分46秒~

 虫の音。夜も更けてきたのだろう、茶の間の先のガラス戸だけは閉まっている。布団に寝た加乃子を前にするつばさと竹雄。寝相が悪く掛け布団はくしゃくしゃで、右足がはみ出している。作業着は上下白だが、靴下は白と肌色と薄いオレンジの三色の横縞のうるさい柄で、加乃子らしさを出している。竹雄がつばさに、加乃子が2日もご飯食べていないと言っていたこと、緊張するとものが食べられない人であること、口では言いたい放題だが、千代や家族に会うと思ったら相当緊張したんだと思うと話す。
 竹雄の言葉に和んだようなつばさが、作業着のズボンに付いたままの値札を手に取り「どこで買ってきたんだろう。これ」としんみり。『永遠の約束』がかかる(12分17秒~13分21秒まで)。正面から堂々と帰れないと思ったんだろうなと竹雄が加乃子の気持ちを慮る。作業着の左胸には、高畑さんのアイディアで入れたというマジック書きの甘玉堂の紋章と文字。ただし美術の犬飼Dの書いたものが上手すぎたので、下手に見えるように高畑さんがその上をずらしてなぞった代物。
 つばさが掛け布団を掛け直すと、加乃子が憎めない笑顔で「うん、美味しい」と寝言。倒れた後、夕食は食べさせたのであろう。この笑顔は、この時点ではやや意味不明だが、第6回で加乃子に泣きすがったあとで竹雄が甘玉を食べて笑い、甘いものを食べると自然に笑顔になると語ることに通じる伏線か。甘玉を食べて嬉しかったのは、加乃子と竹雄の「運命の分岐点」での出会いにさかのぼるエピソードである。
 つばさに礼を言う竹雄。つばさが止めてくれなかったら、また4年前の喧嘩のようなことになったかもしれないと竹雄が言うと、つばさは「あんなお祖母ちゃんやお母さん、もう見たくなかったから」と答えるが、千代が先に言ってなかったら自分が言っていたかもしれず、今度こそメチャクチャになっていたかもしれないと本音を言う。これは「お母さんは私たちを捨てた」と言うところだったということか。そうであれば、なおのこと「捨てられたと思ってない。あたしは十分幸せなの」は強がって自分に言い聞かせる言葉であったととれる。つばさの背景の台所の窓際には例の赤いラジオがぶら下がっているのが見える。
 『永遠の約束』が終わり、お囃子が聞こえてくる。明後日がもう本番と言う竹雄に、つばさに加乃子はどうせ祭が終わったら出て行くのだからと言わせ、これまで加乃子が帰ってきたときの顛末を説明。

シーン11:帳場(同日夜遅く)13分38秒~

 お囃子の音が続いている。ライトが手元を灯す暗い帳場で、御礼の筆書きをする千代。黙って先代の梅吉の写真を見る。梅吉の写真初登場。呆然とした表情の千代。『時の鐘の下で』がかかる(13分49秒~エンディングまで)。

シーン12:作業場(同日夜遅く)13分52秒~

 4人の職人と竹雄が甘玉を作り続けている。

シーン13:茶の間(同日夜遅く) 14分04秒~

 知秋が廊下をそっと歩いて来る。カーテンはまだ閉めていないことがわかる。だらしなくいびきをかいて寝る加乃子を廊下から見つめる知秋。寝相の悪い加乃子は右手を上に伸ばし、左手と左足も掛け布団からはみ出している。知秋の複雑な表情は第3週で荒れる伏線か。

シーン14:新河岸川の橋の下(ロケ地は濯紫公園らしい)(同日夜遅く) 14分29秒~

 川べりに座り石を投げるつばさ。護岸斜面の加乃子のホーロー看板に狙いをつけて見事な投球フォームで思い切り石を投げると気持ちよく命中、加乃子が「イデッ」と寝言。つばさはホーロー看板を睨みつけている。第2回を締める語りは「その夜のつばさは突然帰ってきたホーローの母、加乃子をどう受け止めていいのか戸惑うばかりのハタチのおかんでした。」

第2回を振り返って

 加乃子の帰還がメインのエピソードだが、千代と加乃子の確執、加乃子にデレデレの竹雄、加乃子に対するつばさと知秋の複雑な感情、夢を押さえ込んでいるつばさが描かれ、玉木家の絡み合った事情の端緒が明かされる。『つばさ』独特のナンセンスな演出も入り始め、本格的な始動に向けてエンジンをふかしている感じである。

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Edited: 5月 22nd, 2010

第1回より 竹雄部屋の襖の怪

初版2010.5.7

 話の本筋ではないが、今回の執筆にあたり筆者は、第1回のオープニングシーンに隠されていた「竹雄部屋の襖の怪」を発見し、撮影後、ベストを求めて編集段階でシーンを入れ替えたスタッフの執念を垣間見た。
 第1回シーン2のつばさのお便りによる家族紹介は千代、竹雄、知秋と年長順で、つばさが駆け回る順番(知秋、千代、竹雄)とは違う。ちなみにノベライズ本では、お便りどおりの順番である。
 このシーンをよく見ると、つばさが知秋の手を引いて2階から1階へ階段を下りるとき、階段を上がってすぐの竹雄の部屋の左の襖がすでに開いているが、その後つばさが階段を上がって竹雄を起こしに行くとき、開いていたはずの竹雄の部屋の襖はなぜか閉まっていて、つばさが左の襖を開けて部屋に入っている。竹雄の部屋の襖は勝手に閉まる怪談になってしまっているのである。
 恐らく台本も、お便りの読み上げと同じく千代、竹雄、知秋の順番になっていて、つばさは手ぶらで台所から茶の間、帳場を通って、千代に「お祖母ちゃん、大変なの」と伝え、店舗の神棚にてを合わせてから、階段を上がって襖を開けて竹雄の部屋へ入り竹雄を起こし、そのあとに自分の部屋からラジオを持ちだし、知秋を引っぱって襖の開いた竹雄の部屋の前を通って1階へ降りるという演出で撮影したと考えれば、竹雄の部屋の襖の辻褄が合う。
 しかし、お便りの紹介と同じく年長の順に予定調和的に知らせて回るなら、赤い小型ラジオの前に集合したほうが自然で、ラジオの男である古いラジオをあとから持ってくるのはわざとらしい感じである。あえて古いラジオを持ってくるという不自然なことをするのだから、まずはラジオのある自分の部屋へ行ったほうが、そのラジオが特殊なラジオであるというインパクトがあるし、お便りの読み上げという限られた時間の間に、茶の間にラジオを置いてから引き返して千代を呼んだり、2階の竹雄と知秋をいっぺんに片付けずに、1回余計に1階と2階を昇り降りする絵にすることで、慌てて普通でない様子を表すには、かえっていいかもしれない。
 そのような判断で、最後の編集の段階で台本とは順番を入れ替えたのではないだろうか。順番を替えたことで、竹雄の部屋の襖の怪が生じてしまうが、普通に視聴している限り、そんなことに気づかれることはないだろうし、気づかれたら気づかれたで、「竹雄の部屋は出るんです」とでもネタにしてしまえというノリでこうしたのだろう。茶の間から店舗に駆けてくるつばさの背景にラジオはないが、ちょうどつばさに重なって見えないと解釈できるアングルになっているので、こちらは問題なし。知秋が茶の間に映っていないのも、映る角度に入っていないと説明可能である。
 放映時点で、お便りの家族紹介と映像に映る家族の順番が合わないのが気にはなっていたのだが、今回の記事作成にあたってDVDを見直すすことで、竹雄部屋の襖の怪に気づき、このように推論した次第である。

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Edited: 5月 7th, 2010

第1回 怒涛の15分間、パーフェクトな滑り出し―第1週 ハタチのおかんとホーローの母

つかみの回として非常に良く練られた第1回は密度が濃く、何度見ても飽きない。テンポ良く人物紹介をしながら、つばさの微妙な心情や、今後の展開の様々な伏線が張りめぐらされていくため、ワンシーン、ワンシーン、台詞の一つ一つに意味があり、てんこ盛りでありながら、無駄なものは感じさせない。そのことは見返せば見返すほど伝わってくる。完成度の高さは全156回中トップクラスで、文句のつけようがない仕上がりである。

初版2010.5.7、最新改訂版(アバンタイトル、走るシーンのメッセージ、面接と面談の言い間違い、加乃子の寅さんカバンなどを加筆)2010.5.29

2010.5.24

シーン別徹底解説

シーン1:台所(2008年10月16日朝5時)

 ドラマ『つばさ』のオープニングは、NHKの朝の連ドラとしては意表を突いて、テーマソング前にドラマが始まるアバンタイトル。これまでの朝ドラとは違うものをやろうという制作陣の鮮烈な所信表明のようなスタートである(2009.12.5オフ会後の正真正銘オフトークにて、西谷CDは第1回のアバンタイトルは狙ってやった旨を語っていた)。視聴者が間違えないようにという配慮か、画面右下に「連続テレビ小説」の字幕が入っている。
 台所へ軽やかにタタタッと駆けてきたつばさがテーブルの赤いラジオのスイッチを入れ、朝食の準備を始める。背景には鳥の声。台所には水栽培の青物が目立つ。つばさが流しの正面の窓を開けると、外はすでに明るく、気持ちのいい朝という雰囲気を醸しだす。
 ドラマ第一声は何と「ベッカム一郎の朝イチ豪快シュートーッ! 時刻は午前5時をまわりました」のラジオ音声。つばさが毎朝5時(第3回によれば目覚ましのためのラジオのタイマーのセットは4時50分)には起きて、朝食の準備をすることを伝えている。つばさの初台詞はその直後の「はい、はい、おはようございます」である。
 つばさが冷蔵庫から取り出した小皿にはキャベツの葉を小さくちぎって重ねてあり、前日のうちに朝食の準備もしているしっかりした主婦ぶりがわかる。後姿のつばさがキャベツを刻む音がリズムよく響く。このドラマのために料理を習わせてもらった多部ちゃんだが、実際に千切りにしている手先のシーンはアングルがいったん変わっている。果たして吹き替えなのか、本人なのか。
 つばさよりも先にドラマで最初にフォーカスされる赤い小型ラジオ。ラジオがこのドラマの重要なアイテムであることを暗示している。この赤ラジオは台所の窓際にぶらさがっているのが映る回もあるが、第5週、第10週、第16週などつばさのラジオ放送を玉木家の面々が聴くときに使われるだけでなく、第21週では家出した竹雄が持っていき、上野の安宿でベッカムのラジオ放送を聴く。ドラマのキーアイテムの一つである。
 台所のつばさは後姿や横顔しか映さず、ラジオのベッカムのトークへの合いの手で話す声も背景音のようで、ヒロインをいつ正面からじっくり映すのかと、視聴者をじらす。ようやく開始24秒でベッカムの「川越市にお住まいのラジオネーム二十歳のおかんさん」からのお便り紹介に耳がアップで写り、直後にハッと顔を上げ、「エッ」と目を大きく見開いた驚き顔が、つばさの最初の顔見せである。
 普通の表情ではなく、感情がこもって印象的でインパクトのあるサービス満点のいい表情をヒロインの最初の顔見せにもってくるところが、このドラマらしい。多部ちゃんの爆発的な魅力を使える場面では、それを存分に使おうという意図も伺える。つばさが顔を上げて驚くのに合わせて、ホイッスルが鳴り響き『太陽の街、川越』が始まるのも効果的(タイトルソング直前まで)。
夏の朝5時のような明るさについて
 ちなみに埼玉の10月中旬の日の出時刻は5時50分頃(国立天文台HPによる)なので、朝5時なら外は暗いはずだが、つばさが開けた窓からの日差しは明らかに日の出から少し時間がたっていて、夏の朝を思わせる明るさである(国立天文台HPによれば、埼玉で最も日の出が早いのは6月半ばの4時半少し前)。
 和菓子屋の仕込みの時間からすれば朝5時には動き出していないといけないのだろうが、だからといって日の出前をリアルに再現して外を夜のように暗くしてしまうと、家族と職人の朝食の準備が、朝も暗いうちからやっているという『おしん』のような暗いイメージがメインに伝わってしまいかねない。シーン8でわかるように、つばさは朝食の準備を楽しく、明るい幸せな気持ちでしている。そうしたつばさの心象風景を表すには、朝5時でも外は明るくなければならない。
 そう、後藤CPがスタッフブログ(更新運動実施中その12)やオフ会等で語っているように「設定や状況にウソはついても、登場人物の心情にウソがないドラマ」なのである。そして、つばさの明るすぎる主婦ぶりの不自然さが、無理を抑えこんだ反動であることがだんだんわかってくるという仕掛けになっている。

シーン2:玉木家(同日早朝) 0分31秒~

 ラジオで自分のお便りが読まれることを家族に知らせようと、つばさが慌てて台所から2階のつばさの部屋へ駆けて行き、古いラジオを左脇に抱えて、向かいの知秋の部屋へ入り、シャツを捜す知秋の手を引いて1階へ降りる。知秋の部屋の戸を開けたつばさは一瞬獲物を狙う動物のような構えのように見え、多部ちゃんの運動神経の良さが表れている。
 つばさは茶の間にラジオを置いたのか何も持たずに、柱に両手をかけてリズミカルに勢いよく茶の間から次の間、帳場を駆け抜けて店舗へ出て、神棚に灯明を上げて手を合わせる千代に「お祖母ちゃん、大変なの」と声をかけるが、「お参りの最中ですよ」と千代に諭され、神妙に神棚に手を合わせる。間をおいてから再びハッと目を見開いてまた2階へ駆け上がり、階段を上がってすぐの竹雄の部屋へ入って竹雄の布団をはぎとって起こす。忙しく軽やかにトントントントンッと足音を立てて駆け回るつばさが実に躍動的でテンポが良い。
 この一連のシーンでは、撮影後、つばさが家族のもとを駆け回る順番を編集段階で替えたことが伺える痕跡が残っている。この件の考察は別立ての記事にしたので、そちらを参照されたい。
 家族の部屋を一とおり見せることで、いろいろなことが読み取れる。つばさの部屋にはベッドがなく、布団で寝ているであろうことがわかるが、第3回は実際につばさが布団から起きだすシーンで始まる。また、つばさが神棚にお参りをしている間に、急いで家族を呼び寄せる用事すら一瞬忘れてしまう天然キャラ的な要素がありそうなことを伺わせる。
 つばさが知秋の着替えのシャツも洗濯してからたたんで知秋の部屋に置いてあげていることや、千代の神棚への御灯明など毎朝の玉木家の習慣も紹介されている。知秋の白地に赤と青と黄の水玉模様のパジャマは知秋の幼さをそこはかとなくイメージさせる。知秋の部屋にはサーフィンが趣味の冨浦君のためのような波のポスターが掛けてある。
 竹雄は加乃子の殺虫剤のCMのホーロー看板を抱えて寝ているところを「見た?」と、つばさに聞くが、毎晩抱き寝しているのなら、これまでに見られたことがないほうが不自然であろう。ここは初回の視聴者向けの説明ということで、許容範囲のサクラ的な台詞ととらえることとしよう。殺虫剤の「シュッ」から「シュッ役は私」と「主役は私」をかけ、週タイトルで「放浪」と「ホーロー」をかけた加乃子のホーロー看板が、ここで登場している。この場面で竹雄の「見た?」に答えるつばさの「見るんじゃなくて、聞いてほしいの」が初ギャグになっている。
 つばさが駆け回るのに合わせて、つばさの声で甘玉堂と玉木家の家族を紹介するお便りが読み上げられる。ここはベッカム一郎ではなくヒロインの声でないと、ヒロインの存在感がないので自然な切り替えである。書き言葉であるせいもあるが、つばさがラジオのパーソナリティとして読んでいるとも聴こえる感じになっていて、つばさの今後を暗示しているともとれる。

つばさのお便り:おはようございます。今朝は私の家と家族を紹介します。私の家は埼玉の川越にある江戸時代*から代々続く甘玉堂という和菓子屋です。その店を女将として切り盛りしているのが私の祖母。大勢の職人さんを使って昔ながらの美味しい和菓子をつくっている職人の親方が、私の父です。5歳年下で中学3年生の弟が一人。祖母、父、弟、それに私を加えた4人が我が家のメンバーです。でも本当は、...(シュッ)もう一人、母がいるのですが、今は訳があってウチにはいません。その話は長くなるので今日は書きません。そんな我が家の自慢は美味しい手づくりの和菓子です。川越にお出での際は甘玉堂に是非お越しください。

*第2週第12回の語りによれば甘玉堂は創業180年を誇る老舗とのこと。ドラマの設定の2008年を基点にすれば1828年(文政11年)、江戸幕府は第11代将軍徳川家斉の時代である。ちなみに川越の和菓子屋、亀屋は1783年(天明3年)創業である。

つばさが家の中を駆け回るシーンの撮影について
 つばさが家の中を駆け回る姿は勢いがあり、ひとつながりの撮影のように見えるが、1階と2階は別セットである。特に旧甘玉堂1階は105スタジオ全体を占めていたので、これを撤去したあとに2階のシーンを撮影したはずであり、1階のシーンと2階のシーンの撮影は2週間程度の間が空いていることになる。つばさに駆け足で1階と2階を往復させ、それでも1階と2階のシーンの勢いがつながっているように、わざわざ難しい撮影にしている。
 また同じ階のシーンであっても部屋を移動していくところはカメラの位置を変えなければ撮れないので、リハーサルを含めると数時間ほど置いての撮影になるらしい(2009年8月29日講演会にて)。
 よく見ると、ラジオを小脇に抱えたつばさが走って自分の部屋を出る場面は、部屋の中からの撮影では扉に手をかけずに廊下に出て、身体を小さくするようにしていったん止まってから右に曲がっているが、そのあとに映る廊下からの撮影では、少しだけ時間が元に戻って、部屋から廊下に出るときに右手を扉にかけることで、止まることなく右へ方向転換している。若干の齟齬があるが、そこまでは演出を揃えきれなかったのであろう。もちろん、この程度は揃っていなくてもご愛嬌である。このあたりのつばさの身のこなしの良さはとても気持ちよい。
走るシーンが与えるメッセージ
 映画やドラマで登場人物が走るシーンでは、全力で走る役者の走りっぷりがいいと、緊迫感に加えて、肉体の躍動感、ひいては生きていることへの賛美が伝わってくる。これまでの出演作品でも何度も見せた「多部走り」で知られるように、短距離走が得意だったという多部ちゃんの走りっぷりは言うことがなく、『つばさ』の中でも何度か走るシーンが出てくるが(第3週第18回の安比奈線での周波数探しのあとは特に焦眉、他にも第8週第48回の過去の自分と優花を重ねて、真瀬を励ましにぽてとへ急ぐシーンなど)、第1回の冒頭に家の中を走る速度としては目いっぱいの速さで走らせているこのシーンも、『つばさ』というドラマが目いっぱい全力で振り切れたドラマであることを伝える躍動感溢れる名シーンである。

シーン3:茶の間(同日早朝) 1分19秒~

 つばさが茶の間の畳に置いた古いラジオのコンセントをつなぎ、ラジオを食卓に置いてスイッチを入れアンテナを伸ばし、家族揃ってつばさのお便りを聴く。竹雄と知秋は、2階から降りてきたばかりなのでパジャマ姿のまま。
 つばさが読み上げる家族紹介の「長くなるので今日は書かない」母のところで、つばさの声で「シュッ」が初めて使われ、竹雄の洋服タンスの扉の裏の加乃子のネグリジェ姿の縦長のポスターと枕に寝かせたホーロー看板の「シュッ役は私!」がアップで映る。カーテンを閉じているため薄暗い竹雄の部屋だが、なぜかホーロー看板の加乃子の顔のところにスポットライトが当たっている。こうした現実的でなく、心象風景を表した照明は『つばさ』では随所に出てくる。
 お便り紹介は最後はベッカムの声に戻り、甘玉堂を宣伝したつばさのお便りにベッカムの「和菓子いいですね~。僕もみたらし団子大好きでねぇ」という一言が入っているのは、第15週でつばさが毎日持っていく竹雄の和菓子を喜ぶ伏線になっている。
 ラジオを聴く家族4人の背景で通り土間をトロッコとともに左から右(倉庫から作業場)に移動する4人の職人が映り、トロッコが初お目見え。実は1人目の職人(三国)がトロッコをバックしながら引き、2人目(岡野)はトロッコに座り、3人目(久保)はトロッコを押し、4人目(倉田)が肝心の荷物(上新粉か何か)を手で運んでいて、実はトロッコを荷物運搬に使っていない。しかも4人の職人はすぐにそのままバックして戻ってきて、ラジオの前の玉木家の4人を野次馬のように眺めている。このおちゃらけは、登場シーンが決して多くない4人の職人の顔見世ということだろう。
 玉木家の茶の間は、障子全開、その先のガラス戸も全開で、通り土間が丸見えで、知り合いも簡単に出入りする。茶の間の手前側は視聴者のために開け、向こう側はドラマ世界の住人のために開放されている。西谷CDによれば「開放感」はこのドラマの一つのテーマであり(2009年12月5日オフ会にて)、こうした開放感は第2週以降の新玉木家の茶の間も同様であり、ドラマで随所に見られる。
 真面目に見ると、玉木家の面々が放送を聴けたのは、最後の加乃子についての一言と甘玉堂の宣伝だけである。また真空管ラジオはドラマのようにすぐにはつかないらしい。あえて、このように見せていることから、このドラマはリアリティはそんなに気にしないでよいというメッセージが発せられているともとれる。
 ここまでのテンポのいい展開は、朝ドラでは最初にあるはずのタイトルソングがかかっていなことさえ忘れさせる。そこに、つばさのエコーたっぷりの「今日もいいことありそう!」で、忘れていたタイトルソングが来るぞと視聴者をハッと気づかせ、『愛の季節』へ。「今日もいいことありそう」は、第101回で玉木家の4人が巨大折り紙のかぶとをかぶって、つばさを元気づけるシーンで千代が真似をして言う言葉である。

テーマソング『愛の季節』 2分02秒~

 ドラマの内容をしっかり暗示している内容のテーマソング『愛の季節』は、ゆるめの笑い満載の演出とは違って、透明感とともに緊張感に溢れている。ドラマの進行とともに重たいシーンで始まる回も増えていったが、『愛の季節』の緊張感の余韻は、そんなシーンにもスッと気持ちが寄り添えるような効果があり、ドラマと一体化していた。
 放映前からタイトルバックは「多部未華子と玉木つばさの中間」という注文で佐内正史氏が川越市内で撮影したスチル写真であることはガイドブックなどで告知済みであったが、これも朝ドラとしては珍しい(Wikipediaによれば6年ぶり)。川越の名所ではなく、何気ない場所での、何気ないしぐさの20枚の写真(一部は風景のみ、火曜~土曜は16枚)は素晴らしく、非常に斬新。ヒロイン多部未華子の力をスタッフが信頼しきっていることも伝わる。

シーン4:ドラマと川越、甘玉堂の紹介 3分32秒~

 鐘の音が一つ響き、BGMの『元気な甘玉堂』が始まり(シーン8途中の5分7秒まで続く)、甘玉堂の屋根(撮影は川越まつり会館の屋根)で白いドレスのつばさが立ち上がると、イッセー尾形の語りの第一声が「この物語はつばさが人々に笑顔を幸せを配達するちょっと夢のようなお話であります」とドラマの紹介をする。これは、『つばさ』というドラマが描くのが、夢のようにいいお話というだけでなく、ドラマ全体をリアリティにこだわらずにファンタジーとして見てほしいというメッセージともとれる。
 白い靴のつばさの足元が映り、(両脇をスタッフに抱えられて)アップの両足が真上にゆっくりと持ち上がって、つばさが飛び立つと、このドラマのファンタジー的な味わいを体現したようなジオラマの川越の街の上をCG合成のマンガチックな羽根をはばたかせて、つばさが天使のように飛んでいく。背景の効果音は鳥の鳴き声となぜか飛行機のような無機質な推進音。
 DVD-BOX IIIの特典映像の後藤・西谷対談で西谷CDが語るように、最初はヘリコプターで空撮した川越の街とつばさを合成した映像にするつもりだったのを、そんなありきたりのことをするなと言われて発奮して、ジオラマというアイディアにいたったことが、結果的には、空撮では決して出せないこのドラマの質感を表すことにつながっている名シーンである。
 つばさの横をやはりマンガチックな青い鳥と赤い鳥が並んで飛び、『ちりとてちん』のオープニングとの類似も匂わすが、いちど親鳥から離れた小鳥が戻ってきて一緒に飛ぶ『ちりとてちん』では、「お母ちゃんみたいになりたくない」と親元を離れて、最後に「お母ちゃんみたいになりたい」と悟った「清美」と「お母ちゃん」の物語を示唆していたのに対して、終始仲良く飛ぶ2羽の鳥は、「つばさ」と「加乃子」をそのまま表してはいないであろう。
 蔵づくりの街並みを中心に小江戸川越の紹介。時の鐘の上につばさが白いドレスで立つ姿を合成。最終回ではつばさがカジュアルだが垢抜けた衣装で時の鐘の上に立つ合成シーンを再現。第1回のやや子供っぽい表情と最終回のすっかり大人の女性になった表情への成長と変貌ぶりは焦眉である。メイクもそういう効果を狙っているが、女優多部未華子の二十歳の一年の重みも伝えている。

シーン5:店舗(同日朝)4分27秒~

 甘玉堂の店舗外(ロケシーン)をほうきで掃いていた千代が店に入ると、甘玉堂の看板(江戸時代から続く老舗だが、「堂玉甘」ではなく現代風に左から右への横書き)を見せたあと店舗内のセットのシーンに自然につながって、千代が「一意専心」の看板を上から下にスーッと毎朝のおつとめのように拭く。第2週の甘玉堂移転にあたってキーワードとなる「一意専心」を印象づける伏線となっている。

シーン6:作業場(同日朝) 4分42秒~

 竹雄と4人の職人たちが働いている。竹雄が職人(三国)の小豆の味見をして煮加減にOKを出す。小豆の煮加減は移転後の第3週の伏線になっている他、第26週などにも出てくる。

シーン7:茶の間(同日朝) 4分52秒~

 食卓にはシーン3のままラジオが置かれ、その横には大根おろしを添えた卵焼きの皿、背景の台所には鼻歌まじりで朝食の準備をするつばさ。語りが自分の正体はそのラジオであることを明かし、(シーン8にまたがって)つばさとは10年来のつき合いで何でも話せる相談相手であり、今後、思わぬ姿(つまり「ラジオの男」)で登場するつもりと予告。

シーン8:台所(同日朝) 5分1秒~

 つばさが家族と職人の朝食と自分の弁当の準備をしている。背景には鳥の声に鍋のグツグツの効果音、炊飯器のフタを開けるとジャーッといかにも粒立ちよくご飯が炊き上がりましたと言わんばかりのベタな効果音。NHKの番組でありながら、炊飯器の横に置いたフリーザーバッグのZiplocの商標がバッチリ映っている。
 つばさが「ご飯はOK」と幸せそうにご飯をしゃもじでかき混ぜ、味噌汁を味見して「お出しはいい感じ」と言うくだりは、第2回で千代と加乃子の喧嘩に売り言葉と買い言葉に対して、「この家にいて幸せ」と言い、ご飯の粒立ちや味噌汁のだしがうまく取れたことを例に挙げることの伏線になっている。
 この場面でつばさは、味噌汁をのことを「次はおつゆ」と言うが、「味噌汁=おつゆ」は北海道の方言との説もある。埼玉、川越でも標準なのだろうか?(埼玉県人のももちゃさんは「しっくりくる」とブログにて表明。)
 「彩りが足りないな」と言って「青いもの、青いもの」と水栽培の葉っぱをちぎって味噌汁に入れるシーンは、第3回で残った葉っぱを捨ててしまう加乃子を怒る伏線になっている。
 制服に着替えてあとからやってきた知秋が、つばさの弁当に手を出して叱られたり、給食まで我慢できないから弁当をつくってほしいとせがむなど、知秋の子供っぽい様子とつばさとの関係を暗示。背景には鳥の声も。

シーン9:茶の間(時の鐘が鳴るので同日朝6時頃か) 5分49秒~

 時の鐘が一つ鳴り、千代の「いただきます」に続けて竹雄、つばさ、知秋が声を合わせての「いただきます」で朝食。食卓の左辺につばさ、正面は左から空席、千代、竹雄(作業衣)、右辺に知秋。茶碗がひときわ大きいのは知秋。食卓を映した正面上方には「一意専心」の額。放映時に、横書きが右から左でないことを誤りと指摘する視聴者の声があったとのことであるが、読みやすさを優先して左から右の横書きにしたとのこと(2009年8月29日講演会にて)。
 つばさの「いっけなーい、録音をしておけば良かった」のいきなりの大声に千代の机叩き、初お目見え。ちなみに「ラジオの録音」という台詞は第30回の試験放送や第15週のベッカムとの共演でも出てくる。ちなみに玉木家にあるラジオの録音が可能そうな機材として画面に出たものは、冒頭シーンで知秋の部屋にあったMDコンポである(このMDコンポは第31回でもチラと映り、第42回ではラジオぽてとの開局記念特番を知秋が聴くのに使っている。一意専心掲示板のもも茶さん指摘による)。
 背景の鳥の声、二つめの時の鐘、車や自転車の音の中、家族の会話が進む。川越祭も近いし、お便りが店の宣伝になったと喜ぶ微笑ましさは、店の経営が順調というわけではないことを感じさせる。ラジオネームがなぜ「おかん」と関西弁なのかという知秋の発言は、中学生の頃から「おかん」と呼ばれていたというからには、ここで聞くのは不自然な会話であるが、初回の視聴者向けのサクラ的台詞であろう。
 「おかん」を説明するつばさに竹雄が「それだけ頼りになるって意味だよね」と微笑むと、「確かに私はこの家の主婦だし、おかんみたいなもんなんだから」と得意げ。千代に卒業後のことを聞かれたつばさが「このままウチで主婦をやる」宣言。店の役に立てばと短大で製菓衛生士の資格をとったこと、千代がつばさに店を継いでもらってほしいと思っていること、千代が加乃子の不在を悪し様に言うことが示される。
 『夕焼けの川越』をトホホな調子にアレンジしたリコーダー風のBGM(このあとも何回も使われる)が始まり(7分7秒から次のシーン10途中まで)、「この家にはシュッがいない」と加乃子を罵る千代に、空気が悪くなり、3人は固まったような表情に。→ 後藤CPまたは住友さん、お読みでしたらトホホBGMの曲名を教えてください!
 このまま家で主婦を続けさせたのでいいのか心配する竹雄に対して、脳天気なほどそのことにまったく疑いのないつばさの態度は、決意の固さよりも、かえって過去も未来も主婦であり続けることを疑ったり、悩んだりすることから逃げている様子を伺わせる。それが、このあと出てくる第1回の隠れたキーワードである10年の「無理」の裏返しであることが徐々に明らかになっていく。
玉木家食卓の空席について
 食卓の不自然な空席は、加乃子のために空けてあることを伺わせる。第2回では、甘玉の大量注文でお預けになっていた玉木家の夕食の食卓のこの空席に、スッと加乃子が入ってくる。加乃子は第6回で、帰ってから3日後の朝食でこの位置に座るが、第3回で帰ってきた翌日には夕食をつくろうとするので、おそらくこの日には食卓に収まっているのであろう。
 一意専心掲示板でNoriさんが指摘するように、第1回の空きスペースは不自然なほど広く、千代と竹雄は窮屈そうであるが、第2回では常識的な空き方であり、第3回の帰宅翌朝のシーンでは更に狭くなっている
 子供を捨てて家を出た加乃子が、何のお咎めもなく玉木家に受け入れられたような扱いが納得できないという違和感による批判の声もあったが、加乃子に否定的な千代も含めて加乃子をいつか帰ってくる存在として気にかけていることを表しているのだろう。シーン15の竹雄の仕草でも、この空席が加乃子の場所であったことを伺わせる。

シーン10:つばさの短大の食堂(ロケ地は尚美短期大学)(同日昼)7分16秒~

 彩明学園大学/彩明学園短期大学の校門を映してから、食堂へ。製菓実習が長びいたつばさを万里が待っている。万里初登場。万里の出版社内定を喜び、つばさが実習でつくったばかりの芋羊羹で乾杯をして祝う。つばさの芋羊羹を「美味しい」とほおばる2人。つばさの料理上手(料理慣れ)を伺わせる。芋羊羹一切れを仲良く2つに分けて食べる様子が、2人の親密さを表している。このあと何度か出てくる2つに割った甘玉に通じるものがあるとの指摘もある(一意専心掲示板にて南犬塚のまあさんより)。
 万里に卒業後の進路を聞かれたつばさは「主婦」と答え、「今と変わらない」との切り返しに、「短大行かなくなるから専業主婦」と調子っぱずれな台詞を半クエの語尾で、いかにも気の利いたことを言ったというような表情で言うのが可笑しい(8分0秒のここでトホホBGMの音量が上がりスパッと終わった感じに)。玉木家の食卓に続いて、幼なじみで親友の万里にも、卒業後は「おかんになる」宣言をして、第3回で翔太に卒業後のことを口ごもってしまうこととの対比となる。
 隣のテーブルで汁をこぼした学生たちが立ち去るのを見て、つばさがテーブルを布巾で拭くのは、第19回の佐知江の食堂で、後から入ってきた客のテーブルを拭く伏線となっている。万里の「つばさはホントにいいおかんだよ」で、つばさは自分のことよりも他人のことを優先するおかん的振舞が日常であろうことを台詞で説明。「おかんっぽさ」を言葉でなくシーンで納得させろという批判もあるかもしれないが、つばさの「おかんっぽさ」の微妙さ加減が、ドラマのポイントでもあるので、誰もがストンと同じように納得してしまうような見せ方は避けて、解釈に幅をもたせることを狙ったのではないか。
 「おかんがあたしの天職」「未来の夢は甘玉堂の女将かな」に「夢がない」と言われ、「欲がないって言ってくれる?」という願望を込めた台詞は、つばさが無意識に夢を封じ込めていることを示唆しているようにも聞こえる。
 昼休み終了(または13時か)を告げるチャイムに「こうしちゃいられない」と慌てるつばさ。次のシーンの父兄面談への遅刻につながる。

シーン11:知秋の中学校(ロケ地は砂中学校)(同日午後)8分32秒~

 つばさは青と白のチェックの長袖シャツにジーンズという父兄面談の保護者としてはラフな服装で駆けつける。次の番の親子は既に廊下の椅子に座って待機しており、遅れて待たせていることを詫びるように一礼をしてから教室に入る。知秋のクラスは3年1組である。
 担任の先生に向かって「面談」を「面接」と言うつばさ。先生の「玉木君のお姉さまですね」に同時に答えるつばさの「はい」と知秋の「いいえ」が重なる。BGMの『つばさ広げて』(8分52秒からシーン12の終わりまで)が始まり、知秋が「ほとんど母のようなものです」と答える。担任の先生にやや決まり悪い感じを見せながらも、知秋が「母のようなもの」と呼んだことに満更でもない表情のつばさ。
つばさの「面談」と「面接」の言い間違いについて
 「面接に遅れてすみません」と担任に謝るつばさだが、そもそも面談に遅刻をするような設定にしなくてもいいのに遅刻させたのは、この台詞を言わせるためかもしれない。あえて「面談」を「面接」と間違えさせる脚本の意図はどこにあるのだろうか。
 『つばさ』ではシーンが切り替わるときにサブリミナル的に、2つのシーンをつなぐキーワードを台詞や小物で見せる演出が随所にある。ここでは直前のシーンが万里の就職決定だったので、そういったつながりの遊びかもしれない。
 しかし、わざと間違えさせることで、おかんといっても、やはり学生という感じを出そうとしたのかもしれない。万里の進路が就職なら、就職活動を一切せず卒業後はおかんと言うつばさにとって、おかんと認めてくれる面接の相手は知秋の担任といえるかもしれず、知秋の面談でありながら、つばさにとってはおかんの採用面接というような気持ちを表わしているともとれる。
 つばさは家の外に出ることなど考えてもみなかったといったことをこのあと何度も語るが、実は就職が気になっていたのではないかと想像をする向きもある(南犬塚のまあさんが一意専心掲示板にて)。ほんの言葉一つだが、視る者にさまざまな妄想をさせる味わいのある言い間違いである。

シーン12:新河岸川土手(旭橋のすぐ南)の斜面(同日午後) 8分58秒~

 土手には野菜の無人直売所(実物ではなくセット)。竹雄と加乃子が20数年前に出会った「運命の分岐点」であり、21週では鍵となる場所。24週でも千代を加乃子とつばさが見送る。
 つばさと知秋が無邪気に駆けてきて、知秋が無駄に土手を転げて下っていく姿がは、中3男子とは思えない子供っぽさで可愛らしい。背景の川のせせらぎの音が清々しい雰囲気をつくる。
 朝からの立て続けの主婦宣言の上に、面談での知秋の言葉に「『ほとんど母のようなもの』か」と感慨深げなつばさ。「何たって『二十歳のおかん』ですから」と調子に乗る。「姉ちゃんなら、おかんの資格十分だよ」に「そーう?」と言いながら、知秋の頭をなでて有頂天。疑うことを無意識に避けているおかんの道を肯定されたことで心地よいのであろう。
 そのせいか、知秋の「この10年、姉ちゃんの泣いた顔、見たことない」に「何それ?」、「この先もほんとにおかんのままでいいの?」に「いいって、何が?」と雰囲気が一転する。ここまでは、つばさが一方的に知秋を庇護する大きい存在のように描かれているが、そんな知秋が冷静につばさを見ている言葉をかけ、一瞬にして立場が入れ替わったかのようなどんでん返しである。このあとも、知秋は頼りなく描かれながらも、つばさに何かを気づかせる言葉をかける場面がありそうなことも予感させる場面である。
 つばさが家と短大だけで彼氏をつくるヒマもなかった言う知秋には、笑顔で「余計なお世話」と言い返せたが、「普通じゃないウチが普通でいられるのは姉ちゃんのお陰だろ。でもその分、姉ちゃんに無理がたまってるんじゃないかって」とまで心配されると、つばさの顔が曇り、ため息をついてから知秋の気遣い感謝して、軽い笑顔で自分に言い聞かせるように「あたしは全然無理なんかしてないよ。だってこれがあたしの普通なんだもの」と答え、つばさの10年に無理のありそうなことが示唆される。最後は、話題を変えるかのように、他人の恋人の心配をするよりも自分の身だしなみをと知秋のボタンに手をかけるつばさ。
 かなり必死で走る知秋に多部走りも追いつかない。つばさは「一緒に帰るんでしょ」と追いかけるが、土手を走って行く2人の行き先は家ではなく、スーパーであったことが次のシーンでわかる。シーン16からわかるように玉木家は、この土手を旭橋側へ戻る方向なので、学校からスーパーへ遠回りしていることになる。
 つばさと知秋が土手を走り去る姿はクレーンでカメラが持ち上がって俯瞰した撮影。撮影に気合の入っていることを初回からアピールしている。持ち上がったクレーンが下がって地面に立つ人の視線になると、野菜直売所の壁に加乃子の錆びたホーロー看板が映る。
 知秋は全体的に、中3にしてはお姉さんに甘えすぎな感じで描かれ、母親代わりのつばさに頼りきっている。心を許して甘えられる姉への依存の強さを示して、5歳からの10年の母親不在のひずみを印象づけようという演出である。加乃子が戻り、第3週でつばさが働きに出たことが精神的に不安定になる一因になることの伏線になっている。

シーン13:甘玉堂の通り土間と作業場(同日午後) 10分32秒~

 背景にはお囃子の音が響き、祭が近いことを伝える。通り土間では、川越祭の頃に帰ってくることが多い加乃子について、今年はどうなのか鳶の頭の泰典と鈴本スーパー社長の宏夫が竹雄に詰め寄っている。泰典と宏夫は初登場である。加乃子を「シュッ」呼ばわりすることが我慢ならない竹雄。
 3人のすぐ後ろまで、職人がすごい勢いで蔵からトロッコを押して来て、粉の袋を作業場に運ぶ(宏夫だけその勢いに驚くリアクション)。作業場では、職人たちが最中をつくっている(三国が皮を揃え、倉田が餡を入れて皮を重ね、岡野が出来上がりを大きなケースに揃え、久保は何もしていない)。比較的新入りらしい職人の久保に先輩の職人達が加乃子について説明をしている。久保がお調子者である感じを伝えるとともに、誰が見ても、つくっている最中に唾が飛びそうな大声で話す職人たち。この演出の意図は、さじ加減のない振り切った演出をする、あえて本当っぽくは描かないという西谷演出の意思表示のようなものか。
 久保への説明を使って、加乃子が10年前に家を出たこと、川越祭の頃に帰ってきては毎回騒動をおこしていること、4年前には町内の山車を台無しにし、泰典の額の傷の原因となったことが紹介される。通り土間では、泰典が「俺の額の傷がうずくうちは」この町に加乃子を入れさせないと、このあと何度かネタとして使われる加乃子レーダーについて、少し説明。
 額の傷の原因だからといって、泰典が他人の奥さんを「シュッ」呼ばわりするとは、妙に距離が近すぎる感があるが、第13週で泰典夫妻と宏夫に加乃子は高校の同級生であり、さらに泰典が加乃子に告白をして撃沈していた過去が明らかになる。金田明夫氏は最初の週の台本の時点で、そういう関係があるから「シュッ」呼ばわりしてるのではないかと想像をたくましくしていたら、その通りの展開になったようである(番組HPのキャストメッセージより)。
 「つまらないことをデータベース化する癖があり、ごくまれに役に立つ」とガイドブックやHPにキャスト紹介されている俊兄が「すごいデータを見つけた」と、店番もそこそこに走って現われ、タブレットPCに表示した「加乃子さん帰郷の法則」(8年前は祭の前日、6年前は祭の当日、4年前は祭の前日に帰ってきて、2年前は帰らずた)を伝える。2年前になぜ帰ってこなかったかと脳天気な竹雄に、ムッとした泰典がトロッコを押してどけ、トロッコに乗った俊兄がはずみで倒され、父親の宏夫が少しだけ何するんだとばかりの表情。
 この場面のように俊兄がデータを見せることが今後も続くと鬱陶しい感じがしたが、この1回きりであった。「加乃子さん帰郷の法則」を伝えるヘンテコさを納得させるために、キャスト紹介を利用したという感じか。
 今年加乃子が帰ってくるとしたら祭の2日前であることに「それって今日!」と竹雄が色めき立ち、効果音に合わせて職人もハッとする。1秒ほどサブリミナル的に、ハートマークで縁取られた加乃子の殺虫剤CMのチュッが大写しになる。そこへ「ただいま」の声がかかり、一瞬、加乃子の帰還かと思わせるが、スーパーから帰ったつばさであったことに竹雄はがっかり。加乃子でなくて、ホッとする泰典、宏夫、俊輔。
 このときの竹雄の「何だ、つばさか!」という言い捨て方は、つばさに対する竹雄の態度としては、他にないほど投げやりで目を引く。このシーンだけを見ると不機嫌なカミナリ親父という設定なのかと思われるほどである。加乃子のことになると他のことが疎かになることを見せようとしているのか、それとも21週で明かされる「気の弱い父親を演じていた」ことの伏線なのか、そのあたりの過剰演出であったのか興味がもたれる。
 つばさと制服姿の知秋は学校からの帰りにスーパーによったことを伺わせる。安売りをしていたトイレットペーパーをまとめ買いして12個入りのパックを右手と左手に2個ずつ持ち、知秋は口にも1個くわえているので、2人で合計9バック。
 何かあると安売りのまとめ買いをすることが、第17週や第26週で示されるのだが、このトイレットペーパーのまとめ買いは、単に安かったからなのか、土手で知秋に「無理をしている」と不意に言われたことの反動なのか、どちらであろうか。つばさの「すごく安かったからこっち(作業場)で使う分も買ってきた」は計画的でなかったかのようにも聞こえるが、もともと何かをたくさん買ってくるための要員として、知秋と一緒にスーパーへ行ってきたとも考えられる。

シーン14:店舗(時の鐘が鳴るので同日午後3時頃か) 12分24秒~

 時の鐘が一つ鳴り、千代が女性客に川越祭の季節限定の「晩秋の鐘」を勧めている。あとからつばさも「いらっしゃいませ」と店舗へ出てくる。女性客が甘玉堂のお菓子の味と見た目を褒めるとともに店舗の風情も褒めると、それを聞いて得意げなつばさの表情は、第2週で老舗の店舗にこだわることの伏線となっている。なお総集編の2011年の川越祭当日の前編冒頭シーンでは、新女将の加乃子がやはり「晩秋の鐘」を客に勧める。

シーン15:茶の間(同日午後) 12分51秒~

 背景に鳥の声。茶の間で休憩している竹雄にエプロン姿のつばさがお茶を入れ、座って食卓で話す。加乃子に帰ってきてほしくて、今にも帰ってくるのではないかと通り土間のほうをキョロキョロして落ち着かない竹雄に対して、加乃子のことを考えたくないつばさは、竹雄の「そろそろ帰ってくるんじゃないかと思って」にも「誰が」と気のない返事。
 竹雄の加乃子が帰ってくれば「つばさだって、無理にこの家に縛られなくたって済む」に、気色ばんで「無理なんかしてない」と答える。お祖母ちゃんが店をしっかり守り、お父さんが美味しいお菓子をつくり、自分が家のことをちゃんとやり、知秋だっていい子で手伝いをしてくれて、「今のままがいちばんしっくりくる」と答え、竹雄の「帰ってこなくてもいいってこと?」に無言でうなずいてしまい、微妙な雰囲気に。背景で職人がトロッコで粉の袋を運ぶ。本当はここに加乃子がいるのが普通と言う竹雄に、うんざりしたように「想像できない」とにべもなく答えながら、浮かない気分を紛らわすかのように、意味もなく食卓を布巾で拭きはじめる。「本当はここに加乃子が」と竹雄が自分の座っている場所を身振りで示すが、そこは朝食で空席になっていた食卓の中央左である。
 ピアノで夕焼けの川越のメロディーのBGM(→ 後藤CPまたは住友さん、お読みでしたらこのBGMの曲名を教えてください!)がかかり(14分17秒からエンディングまで)、竹雄が先に言っていた加乃子なりの「夢とか思いがあったはず」を受けてか、つばさは食卓を拭きつづけながら、うつむいたまま竹雄から目をそらして「家族を犠牲にしてまで追いかけていい夢なんてあるわけないもの」と答える。夢を封じ込めている自分に言い聞かせるように言っているようにもとれる。第24週「あなたを守りたい」の第144回で、これとは正反対のような「家のために誰かが大事なことを諦めない」で千代を送り出すのと対になっている。台所の窓際に、ドラマのオープニングで映った赤い小型ラジオがぶら下がっているのがわかる。
 気まずい雰囲気を転換するように、笑顔で「タイムセール」を口実に家を出て行くつばさ。廊下から茶の間に歩いてきた千代は2人の会話の最後が聞こえたようで、つばさが夢を自ら封じ込めていることを感じ取ったのか複雑な表情になり、家を出て行くつばさとお互い無言ですれ違う。つばさが千代に声をかけずにすれ違うのも、このドラマでは珍しく、竹雄との会話でつばさの心が穏やかでないことを表しているのかもしれない。

シーン16:新河岸川土手(旭橋のすぐ南)(同日午後遅く)14分34秒~

 土手をママチャリに乗ってシーン12で走り去ったのと同じ方向に向かうつばさ。スーパーへの買い物だが、シーン15のままエプロンをしているのは当たり前なのであろうか。竹雄との会話につばさが動揺したためか、主婦ぶりを強調しようという過剰演出なのか。いずれにせよ、つばさが動揺していることは、第2回冒頭で必要以上に白菜を買ってきたことで明らかになる。
 野球帽を目深にかぶった加乃子が野菜の直売所横で自分のカバンに座っている。加乃子はフーテンの寅さん的なキャラであり、ドラマでは随所にフーテンの寅さんのオマージュが挿入されるが、加乃子が座っている四角くて大きいカバンはまさに寅さんカバン。その前をつばさが自転車で通りすぎるが、加乃子には気づかない。後藤CPのスタッフブログ(更新運動実施中その79)の「すべては人知の及ばぬところで起きる」という諦観が現れているシーンである。
 加乃子のふてくされたような姿は、このあと玉木家に現れてからも素直には振舞えなさそうで波乱を予感させる。最後の映像は加乃子の錆びたホーロー看板のアップ。第1回を締める語りは「ハタチにしておかんで主婦、そんなつばさの人生にこれから何が起きるのか、このときつばさはまだ知らなかったのです。」

第1回を振り返って

 前半では、夢を封じ込めて自分の天職と思い込もうとしている「おかん」になることに、千代、竹雄、知秋、万里にそれぞれなりのお墨付きをもらい有頂天のつばさであったが、後半では知秋と竹雄に続けて「無理をしている」と言われ、対峙することを避けていた問題をちらつかされて、否定しようとムキになっている姿が描かれた初回であった。

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Edited: 5月 7th, 2010